今日は一日中PCに向かっていた。迫る教育実習に向けて、今は教材研究の日々だ。ソウルある授業を展開したい。
まずは「アメリカ」。アメリカといえば超大国なんですよ。日本とは親密なんですよ。そうですかあ。…でもさあ、高校生の頃の僕だったら絶対にピンとこない。軍事大国つっても、経済大国つっても、それが何を意味してるのか全然わかんなかったし、アメリカ市場的文化で染まっている日本国内の都市部なんかに住んでれば、その永遠の日常が当たり前だと思ってたし、要するにアメリカが超大国だろうがスーパーサイヤ人国家だろうが、どうでもよかったのよね。「わかる喜び」なんてカケラも無かった。記憶に残る授業なんて一つも無かった。地理なんて、やったっけ?と思うほど。マジで記憶が無い。まあ僕は教科書も開かずに本やマンガ読んだり描いたりしてたからな授業中は。しかたねっか。
でも、なんとかして、繋げることは出来ないだろうか。せっかく、クソくだらねえ教室に登校してきてくれてる高校生どものためにも何か、何かだけでいい、心に残してやりたい。それは「教える」なんておこがましいもんじゃない、何か、奴らの心にそっと触れられる何かだ。ホントは勉強ってマジに面白えもんなんだけどな。うちの親父には感心するしさ。
僕が考えうるアメリカネタ。大リーグ、ハリウッド、ブッシュ、マックとコカコーラ、何かこういうポップなツールを使って、アメリカという国を理解できないものだろうか。あの醜悪な市場原理主義を論ずるわけにもいかない。決して僕のエゴではなく、彼らにとってのアメリカを、何か現実のそれと繋げられる手助けはできないだろうか。

あの頃の僕は教師にどんな言葉を言ってほしかったか。今日ふと思い出した。大学1年の英語の授業で、おばあちゃん先生が語ったっけ。「いま、世の中はこんなにもひどい世の中。でも、死ぬことはない。私の教え子の中には、社会生活を降りて田舎でゆっくり暮らしている人もいる。若い人はこれから死にたくなるときもあるだろうけど、そういう生き方もあるということ。いくらでも、あるということ。私に言ってくれれば紹介してあげるよ」 僕はそれ聞いて、これだなあと思った。その言葉が、あの頃からずっとほしかった。認めてほしかった、綺麗事なくして世の中が歪んでいることを。そしてそれでも死ぬことはない、いくらでも生きるすべはあるのだということ。死にたくなったときは自分の所に来い、と。きっと多くの中高生は、その言葉だけで救われるのになと思った。 おばあちゃん先生は末期ガンだった。身体に悪いからと、夏でも教室に冷房はつかなかった。最後の授業が終わった後、付き添いの人に車椅子を押されて、病院に直行したらしい。 あのばあちゃんはもう死んじゃっただろうか。それでも僕の中にはあのばあちゃん先生の言葉が力強く残っている。生きる力として、残っている。絶対忘れやしないよ。

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