創り出した道を
2005年5月24日駅で偶然久しぶりにSD君に会ったのでマックで少し話し込んだ。相変わらずだな。結局、僕がどう動こうが、動くまいが、実際予想通りって感じがした。やはり僕は運命を揺り動かしたのかな。きっと自分が歩める道ってのがどんな人にも一つくらいあって、居場所も一つくらいあって、他のものを求めようとすることがどこかいけないことのような気がして、未来を掴み損ねたりすることもあるのだけれど、それはそれでささやかに平和に時は流れてゆくのだとも思う。あの居場所に留まることも出来たし、そうすればその場所なりの幸福や平和が僕にだって訪れていたと思う。でも、歩むべきは自分の決めた方だった。いつも独立独歩だった。その中で新しく見つけたものや新しく出会った人たちは、とんでもなくすばらしいものを僕に教えてくれたし与えてくれた。孤独こそが自分を歩ませて、出会えたものたちがまた自分を歩ませた。独りぼっちの自由と、足枷のない不安は、ときとして集団への没落を防いでくれたのだ。もうあの場所には戻ることはないだろうな。
飯田橋とか水道橋とかを歩き回って足が痛くなった。
いよいよだねって母さんが言った。昨日C氏もそんなことを言っていたっけ。本当にいよいよだ。今は何も考えずに、集中して全力を尽くすだけだ。久しぶりにSJにメールした。ここんとこ話してなかったか。がんばれよって言ってくれた。その一言がやっぱ勇気づけられる。なにやってんだか僕は。でも少しだけ、自分以外の誰かの応援で、自分が勇気づけられてることがわかる。自分のためなんだけど、自分のためだけじゃなかったりするからか。人間ってやつは。僕ってやつは。
飯田橋とか水道橋とかを歩き回って足が痛くなった。
いよいよだねって母さんが言った。昨日C氏もそんなことを言っていたっけ。本当にいよいよだ。今は何も考えずに、集中して全力を尽くすだけだ。久しぶりにSJにメールした。ここんとこ話してなかったか。がんばれよって言ってくれた。その一言がやっぱ勇気づけられる。なにやってんだか僕は。でも少しだけ、自分以外の誰かの応援で、自分が勇気づけられてることがわかる。自分のためなんだけど、自分のためだけじゃなかったりするからか。人間ってやつは。僕ってやつは。
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