残酷にも「飢え」は続く。世界で「砂漠化」や「森林消失」が進んでいること。原因は異常気象でも人災でもあるけど、とにかく農業を失った人々は「環境難民」になってゆく。都市に辿り着いてもスラムに住むしかない。生きるためには犯罪でもするしかない。どこまでいっても彼らにとっては地獄なのだ。アフリカとかラテンアメリカとか、いわゆる第三世界ってのは、結局解けない呪いをどこまでも抱えているといっていい。
解けない呪いの正体。かつて欧米が第三世界を植民地化してた。大戦後、確かに第三世界の国々がたくさん独立したけど、その傷跡は未だ癒えていないってこと。フランスの植民地だったセネガルっつう国は、今尚ピーナッツだけを大量に生産している。モノカルチャーってやつだ。他の作物を生産するシステムが作られていないため、ピーナッツだけを膨大に生産し、腐敗した政府は農民から不当に安い価格で買い取って輸出し、他の食物は輸入でまかなうしかない。単一栽培型農業を続けている限り、輸入に頼るしかないのだから、どんなに働いても自給自足はありえず、ゴミみたいに安い価格でピーナッツを売り続けるしかない。セネガル人は働き者が多いらしい。でも、働いても働いても死ぬほど働いても、彼らが豊かになることはありえないのだ。構造故に。本当は教育とか自立支援プロジェクトとかが必要なんだろうけど、別に誰もやろうとしてない。セネガル政府も、アメリカも、そしてやはり僕らも…「飢え」を本当に救おうとはしていないのだ。 前回のW杯でセネガルがフランスを倒すという大波乱を起こしたとき、僕はちょっとだけ嬉しかった。ジダンやアンリ…フランスのスター選手達が敗北のショックで顔を歪ませてたとき、僕はセネガルに拍手を送っていたのです。サッカーに政治を持ち込みたくなかったけど、まあサッカーの醍醐味である大波乱という意味も含めてね。 フランスもまたアフリカ諸国が自立しようとするとぶっ潰したりしてたから。大国はいつだってそう。日本はといえば自給自足も出来ない経済で、靖国がどうとかまだいってやがる。神の国だ?脳死の国だろが。靖国じゃなくて安い国だろが。

これまで長々「飢え」について話してきましたが、とうとうジグレールお父さんのお話を息子カリム少年は全て聞き終えます。そして、今まで話されてきた「飢え」の真実に、カリム少年は絶望するのです。それでもジグレールお父さんは静かに言うのです。
「くりかえさざるをえない悲劇−これがとどのつまり現在の世界の状況だ」と。 …そしてジグレールお父さんは、カリム少年の最後の問いに答え始めるのです。

こんなどうしょうもねえ僕が思う。こんな意味のねえ僕が世界を憂う。世界に希望はあるのでしょうか?無力すぎる僕らに、それでも何かゴミの欠片くらいでも世界を救うために出来ることはないのでしょうか?偽善も必要悪も、開き直りも、もうどうだっていいのです。僕らは日本にいる限りいろんな物を食って吐けるのだから。来週飲み会だし。傲慢だとか愚かだとか、そんなんじゃなくても、少なくとも人は人の痛みを感じちゃう存在だってこと。そうやって人類は豊かになりながらもちょっとずつ平和の歴史を歩んできたのだとも思うから。僕らは後世代に愚かな歴史を語られるかもしれない。僕らが人類史を戦争や略奪の歴史だととらえているように。だけど、等身大の愚かな僕らで、狂った世界のために何か希望のようなものを生んでいけたらとも…僕はときどき夢見るのです。
−ラストへつづく−

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索