グッドミッドナイト

2006年6月16日
ミッドナイトぶっ通しで、MM氏とワールドカップ観ながら飲んで語ったりしました。

死の組とか言われながらも、セルビア・モンテネグロとコートジボワールが早くも予選リーグでの敗退が決まりました。今大会のアルゼンチンはブラジルを凌ぐ勢いです。なんともはや、あっぱれです。敗れはしましたがコートジボワールは素晴らしいサッカーを見せてくれました。あれこそサッカーだ。

そして我々はまたもや朝まで飲み語りました。ミーイズム氾濫の中で、少なくとも我々は愛国者だと思ったし、心に基づく行動というのは少なくとも素敵だと思いました。「正しさ」なんてものの正体を、何万回でもデマカセが飛び交うこんな世界の中で、どこに位置付けるかさえもわからないのなら、やっぱり人は人と語り合わなければならないのだと思うのです。自分で考え、選択することであり、生き方を創ることなのだと思うのです。あまりにも突然に昨日は砕けてゆく、からだ。愛じゃなくても恋じゃなくても離すことのないもの、それは決して負けない強い力なのだと思う。つまりそうゆうことなんだと思う。

最近、バイト先でよく中学生や高校生と話す。彼らがかつての僕らのように、色々なことで葛藤しているのはわかるし、彼らに伝えたいことがありながら、「若い頃は…」なんてやはり言えたわけがないのだ。何かをわかった気になって、何を語ったって、どうしようもなくそれは傲慢ではないか、と。
現実とは、どこまで知らされればいいのだろうと考える。
残酷で鮮烈な現実を、何一つ見せてくれない大人たちは、優しいのだろうか? これだけだよと、一つの現実だけを見せ続けることが、素晴らしいことだろうか?
目を背けることは、優しさではない。一つだけの世界に独りぼっちで立ち向かうことは、強さではない。
人間は多様で、世界は多極だ。一つの現実に打ちのめされてどうするんだと。僕は、言えるならばそんなことを言いたい。現実は無数に存在する。間違いなく世界は変わりうる。
腐敗した世界だ。しかし絶望はない。共に生きることができるならば、だ。僕が「若い」頃、大人たちに言ってほしかったことはそれだけだった。「現実」を決して許さないことだ。

MM氏と飲み語ると時を忘れる。
ワールドカップはこんな素敵な夜をくれた。

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