恐らく数十分の間だったのに、真夜中の誰もいないホテルの部屋で僕は何十時間も独りでいたような気がした。あんなクズどもの、しかし一刻も早い帰還を僕は願った。僕も一緒に行くべきだったのか。教師に牙をむいてでも奴らを救うべきだったのか。でもAKは僕のことをかばった。どうすればよかったのかなんてわけがわからなかった。ただ、部屋に一人残されたのが惨めだった。 きっとクズはクズ故に負のレッテルを貼られ、不当な扱いを受けることにももう慣れてしまっていて、傷つかなくていいのに傷つけられて、傷つけなくていいのに傷つけてしまうのかもしれない。争いなんて何も生みやしないのに。いくらだってうまくすり抜けてる奴らいるのに、クズはどっかでひっかかっちまうんだ。僕は悲しかった。アイツラって何なんだろうなって思った。でも僕も、結局は似たようなもんか…。クズなんだ結局。 僕らはどうしようもない現実にいつか叩きのめされるんだろうか。だから皆こんなどうでもいい旅行イベントで、現実を忘れようと、空騒ぎしてるのだろうか。そんなことを思った。

しばらくして3人が疲れた顔で帰ってきた。色々面倒なことになったらしいけど、とりあえず夜も遅いので部屋に帰されたようだった。YEは相当疲れたようで、一番遠くの布団にひっくり返って寝てしまった。HIが「まァどうぞ」と言ってお茶をいれた。もう真夜中だった。僕とAKとHIの3人はお茶をすすって一息ついた。僕はさっき起きたことについて僕が思うことを2人に語った。それは、高校に入学してからは欠片も出すことのなかった僕の内面的な感情だった。僕は学校で口をきいたこともないような奴ら、軽蔑しきっていた奴らに、確かに何かを熱く語っていたのだ。2人とも多少驚いてた。それまでの僕のイメージとキャラが崩れたようだった。ソウルに触れた、と僕は思った。

その後我々は世間話をした。一夜限りの世間話だ。明日になれば誰もが忘れ、また叩きのめされるためにそれぞれの現実で生きていくんだろう。それぞれのクズコミュニティーに帰り、言葉を交わすことは二度とないのだろう。 HIは半分寝ていた。僕はただいろんな話をした。AKは日本の将来の話をした。僕は当時軽く社会運動のようなものに携わっていたのもあり、社会についてAKと話した。不思議だった。社会から排除されかけてるクズどもが、何故この社会を憂い日本の将来について語り合っているのか。きっと僕らには他にもたくさん話すことがあった。いつものような期末テストの話だとか、友達や恋人の話だとか、部活の話や、TVの話や、下ネタや、内輪ネタでも何でもよかった。でも僕らは、クズ故に僕らは、社会を語ることしかできなかった。クズ故に僕らは社会を語り合いたかったんだ。僕らを生み育てた社会、そして僕らが生きていく社会、故にだった。

話してる最中にHIも寝てしまい、僕らは部屋の電気を落とした。日付が変わってから何時間も経っていた。AKは僕に夢の話をしてくれた。歌を創りたいんだと言ってAKが開いた汚いノートには、たどたどしい文字とつたない語彙力で、びっしりと歌詞が書き込まれていた。流行りを追うような音楽じゃない、本当の音楽、創りたい音楽をさとAKは呟いた。そして窓を開けて窓枠に座り、彼はタバコに火をつけた。AKが吐くマルボロの煙は月明かりに映し出されながら窓の外の冷たい外気に吹き飛ばされていった。
「もう(教師)来ないと思うよ。普通に(こっちで)吸えば?」と僕は言った。
北海道の夜の闇をバックに、AKがゆっくりこっちを振り向いた。学校では見せることのない穏やかな顔だった。
「小心者なんでね」と、AKは寂しそうに笑って言った。

翌日、我々は東京に帰還した。僕の修学旅行はこうして幕を閉じた。僕とAKは確かにソウルをコラボさせた。北海道の空に一夜限りの共鳴音を残して。

学校が始まるとまた日常が復活した。僕は相変わらず学校をサボったり遅刻したりした。AKはクズ仲間とつるんでばかりいた。HIは留年が決まったらしく学校に来なかったし、YEも相変わらず耳のピアスを手入れしながらあの小さい彼女と仲良く寄り添っていた。
誰も、誰とも何一つ会話しなかった。皆それぞれの在るべき世界に戻っていたんだ。在るべき日々と共にね。

だけどね。この話はここで終わらないんだ。僕が再びAKと向き合い、今度こそこのクズを救ってやろうと思い立ったのは、そのすぐ後のことだったんだよ。
【つづっく】

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