最近ふとある人のことを思い出した。本当に、ふと、だ。今までほとんど思い出すことがなかったのは、あれから連絡し合ってないというのもあったけど、僕が大学生でいる間はずっとホントにずっと、記憶を思い出すとき独特のあの「隙間のようなもの」が、僕の内部に滲み出てこなかったからだと思う。大学を卒業して初めて、そしてブログを書き続けていなければ、永久に彼の記憶は僕の奥底に眠っていたのではないか。そのこと自体は何ら不幸なことではなかったのだけど、僕が彼のことをここ数年間忘却していたのは事実だ。そしてこの頃、ふと、唐突に思い出したのも事実だ。繰り返すが、それらは何一つ不幸なことではない。
今回は、そんな話だ。


彼は6か7くらい年上の大学院生だった。確か某有名大学だった。
いつ出会ったのかは忘れてしまった。きっかけは覚えているのだけど。
彼は物静かな男だった。家は近くなかったけど同じ区内で、彼は静かな住宅街の小綺麗なアパートで一人暮らしをしていた。
当時まだ大学に入学したばかりの僕は、時々彼の部屋へ飲みに行ったりした。
彼はいつもクールだったから、飲みながら静かに話をした。もちろん笑いは絶えなかったのだけど、それでも僕らの会話は基本的に静かなものだった。それは僕にとって素敵な時間だった。語る、という行いの意義を僕は彼から初めて学んだような気がした。彼は紳士的で、ソウル的で、頭の回転も速かった。でも(?)酒はあまり飲まなかった。これ以上うまく言えないのだけど、つまり彼はそのような人だった。

彼からすれば年下で、しかも未熟で無知すぎた僕の話を彼はよく聞いてくれたし、彼の話すことも僕はじっくり聞いていた。
僕の描いたマンガを渡したこともあった。じっくり見たいというので渡して後日返してもらったときに、君らしいマンガだね、とだけ彼は言った。
飲みながら僕らは色々な話をした。お互いの話や、昔や、これまでの経緯や、今の話。或いは彼は政治や経済の話もしてくれた。僕にはさっぱりだったけど、どこか彼の話しぶりとその話は尊敬できたし面白かった。
口座メインにしてるのは新生銀行なんだ、と言って彼は苦笑いをした。批判されるんだろうけどね、と彼は付け足して、それから缶チューハイをグラスに注いで飲んでいた。
「どういうこと?」と僕は尋ねた。
君は本当に何も知らないんだね、と彼は静かに笑ってそう言った。

社民党主催のやつと共産党主催のやつでそれぞれ行われてる【原水爆禁止世界大会】が、いつまで一緒にやってていつの時点で分裂して今日に至ってるのか?とかそんな話を飲みながら話してたことがあって、彼はそのとき語り切れなかったらしく後日に関連記事の切り抜きを僕に郵送してくれた。解説付きで。でもそれを読んでも僕にはさっぱりわからなかった。

あるとき僕は僕が昔描いたマンガを彼に見せたくて、それを渡して、後日彼がメールをくれたことがあった。彼はメールの中で述べた。
〔君が君らしい10代の青春を謳歌してきたことが羨ましい。…僕の10代はあまりにも卑屈だった。…〕

比較的長かったと思うそのメールの内容のほとんどをもう僕は憶えていない。ただそのとき、それぞれの人にはそれぞれのいろんな過去があるんだなとだけ思った。それだけは憶えている。

彼は大学院を卒業後、雑誌社に勤め、その後にTV局関係に移ったと聞いたけど、その後の行方は知らない。都心の方に引っ越した後は多忙を極めているらしく、連絡もとり合わなくなった。そういえば引っ越す前の彼の部屋で一緒に飲んだのだった。そこで色々話したきり、それ以来彼には会っていない。
もしまた出会うときがあるなら、彼とはまた違ったことが語り合えるのだろう。その時間は間違いなく面白いだろう。素晴らしいものが生まれるのかもしれない。でも今は会っていない。確実に言えることは、あの頃だからこそ会えたということである。今からは、あのときと同じように、未知としてそれは扱われるのだとも思う。

僕はあの頃の彼と同じ歳になりつつある。そして初めて僕は僕の無知無力を本格的に知り始めてもいる。僕もまたそのうち年下の人間と、新生銀行や原水爆禁止世界大会や生き方や卑屈さなどついて、飲みながら静かに語ったりするのだろうか。

彼はこの世界のどこかで生きている。僕はここで生きている。それだけが時と共に息づいている。僕の中でだ。
ブルーダークはかつての彼であり、かつての僕であり、今は僕よりも年下の誰かなのだと思う。僕らにできることは、時代を生きることだけなのだ。
【END】

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