握りしめた拳を開いたその手の繋ぎ方3
2008年3月21日 読書
安田浩一、斎藤貴男『肩書だけの管理職―マクドナルド化する労働 (シリーズ労働破壊 3)』
依然として崩壊続く日本型雇用・日本型福祉の只中で、どう生きてくかを考えたいんけど、シリーズ3冊目は「偽装管理職」に焦点を当てている内容だった。
シリーズ1・2の非正社員雇用の不安定性とは一見異なる問題に見えるけど、根っこは同じ問題でした。非正社員がドロ沼なら、正社員は無限地獄か。
労基法は「管理監督者」には残業代を出さなくてもよいルール。だから「店長」には残業代を出しませ〜んというトンデモねー理屈を、マックもすかいらーくもセブンイレブンも悪びれずやっていたわけで。だけど法律上の「管理監督者」ってのは、経営上かなりの権限と裁量を持つ人のことのわけで、「店長」程度の管理職とは全く次元の違うお人のことを指してるわけなのだけど。バイトくんとほぼ同じ業務を日々こなしてる店長さんは、どう見たって単なる平社員なわけで。つまり悪質極まりない偽装ピンハネをわかってて尚ファストフード、ファミレス、コンビニはこのメチャクチャが常態で、ツッコまれても尚開き直っていたりしてたので、いよいよ組合が設立されたり訴えられたりすることになったのでした。
この本では、マックとすかいらーくとセブンイレブンとコナカとCFJの醜悪な現状が描かれてて、マックとすかいらーくは普段よく行くもんだから、ふえぇ〜ぇっと…なったわけでありました。とりあえずコナカでは二度と買わないとりあえずイラッとしたから。
シリーズ通じて思ったのは、いろいろあるんだけど、一番は、いまどんどん不安定になってる日本の大多数の一般労働者の働き方の中で、我慢できなくなって立ち上がった人たちがたくさんたくさん出てきたんだなあってこと。
良い会社だってあるし悪い会社だってあるし、構造的な問題でもあるし時代的な問題でもあるし個人的な問題でもあるわけで。一つの見解を躊躇無く導き出せるほど、現状は単純でもない。個々の状況や考え方ももちろんあるし。
だから、こうゆうのは、自分や周りの人の実際の働き方から、考えてけばいいと思う。
自分や家族や友達が、不条理にサービス残業や過労を強制させられてたり、給料や残業代をピンハネされてたりしたら、そのことでイラついたり不愉快になったりするのは、みんな同じな気がする。そんなとき、どうにかなんないかなと考え、我慢したり愚痴こぼしたりすると思う。それが更に酷くなったり、いいかげん我慢の限界まできて、とうとう自分の生活を守るために立ち上がった人たちが、いまたくさん出てきてるわけだよね。
そのことに関して、ただシンプルに共感をしてるし、共感を寄せてる人も周りに多いように感じます。
いままでは、会社と、経済のおこぼれと、親世代によって支えられてきた多くの庶民たちのささやかな生活が、これからはリアルにピンチになってゆく時代。自分の身は自分で守らなければならない自覚が出てきたなら、こうゆうやり方もあるんだと考えるのは、どれもこれも最低ラインのものを勝ち取るためにやってることだよなという意識の下。
いままでは、握りしめるだけだった拳を、開いたときに、人はこんな方法で手を繋いだ。僕や周りの、おそらく底辺や庶民の人たちにとって、大切な希望にしてくことを考えてます。
依然として崩壊続く日本型雇用・日本型福祉の只中で、どう生きてくかを考えたいんけど、シリーズ3冊目は「偽装管理職」に焦点を当てている内容だった。
シリーズ1・2の非正社員雇用の不安定性とは一見異なる問題に見えるけど、根っこは同じ問題でした。非正社員がドロ沼なら、正社員は無限地獄か。
労基法は「管理監督者」には残業代を出さなくてもよいルール。だから「店長」には残業代を出しませ〜んというトンデモねー理屈を、マックもすかいらーくもセブンイレブンも悪びれずやっていたわけで。だけど法律上の「管理監督者」ってのは、経営上かなりの権限と裁量を持つ人のことのわけで、「店長」程度の管理職とは全く次元の違うお人のことを指してるわけなのだけど。バイトくんとほぼ同じ業務を日々こなしてる店長さんは、どう見たって単なる平社員なわけで。つまり悪質極まりない偽装ピンハネをわかってて尚ファストフード、ファミレス、コンビニはこのメチャクチャが常態で、ツッコまれても尚開き直っていたりしてたので、いよいよ組合が設立されたり訴えられたりすることになったのでした。
この本では、マックとすかいらーくとセブンイレブンとコナカとCFJの醜悪な現状が描かれてて、マックとすかいらーくは普段よく行くもんだから、ふえぇ〜ぇっと…なったわけでありました。とりあえずコナカでは二度と買わないとりあえずイラッとしたから。
シリーズ通じて思ったのは、いろいろあるんだけど、一番は、いまどんどん不安定になってる日本の大多数の一般労働者の働き方の中で、我慢できなくなって立ち上がった人たちがたくさんたくさん出てきたんだなあってこと。
良い会社だってあるし悪い会社だってあるし、構造的な問題でもあるし時代的な問題でもあるし個人的な問題でもあるわけで。一つの見解を躊躇無く導き出せるほど、現状は単純でもない。個々の状況や考え方ももちろんあるし。
だから、こうゆうのは、自分や周りの人の実際の働き方から、考えてけばいいと思う。
自分や家族や友達が、不条理にサービス残業や過労を強制させられてたり、給料や残業代をピンハネされてたりしたら、そのことでイラついたり不愉快になったりするのは、みんな同じな気がする。そんなとき、どうにかなんないかなと考え、我慢したり愚痴こぼしたりすると思う。それが更に酷くなったり、いいかげん我慢の限界まできて、とうとう自分の生活を守るために立ち上がった人たちが、いまたくさん出てきてるわけだよね。
そのことに関して、ただシンプルに共感をしてるし、共感を寄せてる人も周りに多いように感じます。
いままでは、会社と、経済のおこぼれと、親世代によって支えられてきた多くの庶民たちのささやかな生活が、これからはリアルにピンチになってゆく時代。自分の身は自分で守らなければならない自覚が出てきたなら、こうゆうやり方もあるんだと考えるのは、どれもこれも最低ラインのものを勝ち取るためにやってることだよなという意識の下。
いままでは、握りしめるだけだった拳を、開いたときに、人はこんな方法で手を繋いだ。僕や周りの、おそらく底辺や庶民の人たちにとって、大切な希望にしてくことを考えてます。
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