結果報告

2006年2月24日
最初で最後のまともな就職活動は、最終面接まで行った末に不採用っ。残念っ。
あれだけ来てほしいみたいなこと言ってたのになー、なんか決まったみたいな口ぶりだったのになー、あぁこれが内定確約ってやつかウフフとまで思ってたのにーなあー。甘くないんだなー。というか、僕にはどうもこのブログが発覚したとしか思えないのです。まあ僕の不徹底だったり、採用側に見る目があったということだったりするのかな。僕の内面を知れば知るほど、コイツを採用だなんてとんでもねえクビクビクビにしろファイヤーッと思うだろうからなあ。僕が経営者ならそうするし。だから僕が騙しきれなかったってことだよな。でもある意味で、これで正しかったんだと思う。正当な情報公開に基づく正当な結果だったと。
不安定社会における雇用市場のミスマッチ。少し体感できたような気がする。この数週間少しドキドキさせてくれたわ。

歩む以上、その道に対し、多くのことを考えることもまた間違いではないけど。 幾つも見えるとき、その一つが失われれば、ただ次のものに行くだけだ。それでも、「まとも」な方の社会ってやつを、少しだけ踏んでみたかったな。
ただ、どこかで、そうね、どこかで、考えたのかも。
良い機会。いろんなことを勉強し直したいし。生活スタイルも変えていくか。中途か第二新卒も考え中。

しかし僕の就活はこれが限界っつうかピークつうか。試験を受けて結果が出る頃には、ソウルが萎えちゃってた。あんなドキドキしてたのにどうでもよくなっちゃってた。冷めやすいっていうか、僕は覚めやすいんだな。たった一打席でこれじゃあね。ペナントは無理だ。それでもせめて3打席は必要だったなあ。

今日は家庭教師のバイトに行きました。来週は試験前なので臨時で増えそうです。 別口で家庭教師増やすかなあ。昼間は別にやってみたい仕事を探そうっと。

もしかしたら企業の方々に見られてるかも…なんて思っていちおうストップしてた社会論ブログをそろそろ再開させますか。どうしようもないほど嫌な社会を憂い論じるのは決して後ろ向きなものではなく、この社会で僕が胸を張って前向きに生きてゆく為のものなのだと信じます。絶対に諦めないし投げ出さない。僕は僕を精一杯生かし、そして始末しなくてはね。

とりあえず新卒フリーターか。
今回読む村上春樹作品は『羊男のクリスマス』ですよ。佐々木マキさんが描く絵本ですよ。羊博士、208・209双子、右左ねじけ兄弟、海ガラスの奥さん、なんでもなし、聖羊上人、いろんな春樹キャラが登場します。なんて素敵なんだろ。
『蛍・納屋を焼く・その他の短編』も読みました。『納屋を焼く』は良いね。まあまあ。

金城一紀を初めて読む。『SPEED』。ライトノベルって感じ。一気に読めるな。面白かった。シリーズなのかな多分。
−憧れていた家庭教師の女子大生が自殺した。そしてその日から私の冒険は始まった。醜悪な学園祭を覆う巨悪と社会の闇に立ち向かうために、私は奇妙なゾンビー野郎たちと一緒に、強大な敵を相手にした精一杯の闘いを挑む。世界を少しだけ殴りつけてやろう。私と私たちの世界を作り直すために。ハートとソウルと、ただ素敵なスピードに乗って私は走り出す。

はまりつつある森博嗣ミステリは3冊目。『六人の超音波科学者』。Vシリーズって面白いね。
−豪雨の山中で孤立した研究所に6人の博士が集うとき、その恐るべき殺人は遂行された。頭部が無くなり、手首が無くなり、そして死体までもが無くなった。 「大切だからって一体何なのでしょうか? 大切なものって、何が大切なのですか? 大切に思うことが大切なのかしら? それとも、大切だと教えることが大切なの?」 車椅子に乗った仮面博士の魔法陣。地下に眠る殺人の構造。解答は、全てが一つにつながるということ。

最近は僕の心臓の冷めた部分を無理矢理震わせてやろうと思い立ち、恐怖にそれを求め、ホラー小説に挑戦。巷では恐ろしいと評判の小林泰三の『玩具修理者』を読んでみましたよ。うん確かに恐い。文章で魅せる恐怖とはこのことか。
−玩具修理者は子どもたちが持ってくるものを何でも修理する。壊れたお人形…映らないTVゲーム…死んだ猫…脳味噌が潰れた赤ん坊…そして…血が滴り剥がれ落ちた肉片の…。

…恐えっ。グロいっ。いいぞっ。

書籍について

2006年2月22日
学校の図書館と、近所の図書館と、コンビニと、本屋を、なんか行ったり来たりしてる気がする最近。
勉強ってわけでもないんだけど。

今日公園でNちゃんと話しました。人生のことなどをね。僕らいつまで生きれるのかね。せっかくだからサッカーボール持ってね。Nちゃんに読ませたい本があってすすめたらガンガンに読んでた。ドリブルで公園を一周して戻ってきたらまだ読んでた。本には「出会い」があるのだね。人と同じだ。そのときに出会うべき本や出会いたかった本てあるよね。

部屋の掃除をしたら本のタワーが3つ建った。マンガやら小説やらエッセイやら岩波やら。本棚が必要です。

この先いろんなことがあるだろうけど、やっぱり本が好き。本を書いたり作ったり売ったり貸したり、そんなことをやりたいな。
就職が決まらなかったとしても、本には一生携わっていきたいな。

なんでもいいんだけど。今度僕と会う人、あなたのお薦めの本を教えてください。

証明

2006年2月21日
あいまいなもの
あやふやなもの
全部
さらけだして
僕の真っ赤な血で
そいつらを輝かせてあげる
だから
まあ見てておくれよ

知の海

2006年2月20日
知は力。知は恐怖かな。
いろんなことがいろんな人に知らされれば、均衡のようなものが崩れるのだろうか。膨大な情報を前に佇んだ後で、何か、崩れていない部分で、闇のようなものと立ち向かえるのだろうか。悪意とか、妬みとか、剥き出しの欲望とか。
蓋をすることなのかな。見せてあげることなのかな。何が可能性と呼べるもので、何が可能性を奪うことなのか。動けないし、動きようがない、なのに責任は重くなっていってる気がする。
ただ無いなら無いと言ってほしいんだ。
全てが嘘になってしまうよりはそう言ってほしかったんだ。
残酷な真実或いはそれに近いものを、発信する力と、受け止める力。
ただそんなものを。
見つめるべきだったんじゃないのかい。
大海はただ広く。深海はただ深く。
溺れ死ぬのにもソウルがいる。
そんな気分で誰もが漂ってるのかな。
TAに借りた森博嗣のミステリーを読む。一冊目は『黒猫の三角』。この小説には作者による数々の仕掛けが施されているのだけど、3分の2くらいまで読んで僕は犯人が見えました。 この世でもっともくだらなく、同時にもっとも崇高な殺人とは何か? 犯人の正体と殺人の意味が見えてくるとき、ミステリーの醍醐味を味わいました。ミステリは止まらない。一気に読んでしまえるわ。
−3年前と2年前の七夕の夜(7月7日)に、それぞれ11歳と22歳の女の子が絞殺された。去年の6月6日には33歳の女性が絞殺された。そして今年の6月6日に44歳の誕生日を迎える女性に脅迫状が届き、護衛を請け負った探偵が監視する誕生日パーティーの最中に彼女は密室で絞殺された。幽霊が?黒猫が?誰が?何のために?一体どうやって??

続けて2冊目を読む。『冷たい密室と博士たち』。
−山の上の大学工学部研究棟で起こるその殺人事件。2重のドアに遮られた低温実験室の奥に連立する2つの密室にそれぞれ横たわる計2つの死体。それはダブル密室ダブル殺人事件。「それが何の役に立つのですか?」「じゃあそれが何故何かの役に立たなければならないのか?」「そもそも僕らは何かの役に立っているのか?」 空虚故の見えざる狂気が噴出するとき、閉じられていた人間の心は、閉じられた密室で殺意と変わる。

ミステリーは良いね。この際まとめて借りて読むか。

いろいろあった日

2006年2月18日
午前中就活。面接バッチリ。モチベーションの高いときのtakebonoさんはホント、集中力が違うね。マジで受かったんじゃねコレ?これで受からんかったらこのブログがばれたとしか思えないな。 果たして僕という人間は最後に余ってたラッキーな優秀人材か。採用してはならない危険な爆薬か。どうにしろ評価するのはあっち側。もし採用されたら…彼らに人を見る目があったのか無かったのか、多少考えることになるね。ソウルにかなってさえいれば必ずや貢献するのにな。 落ちたらフリーターですが、そっちの方向性も考えておかんとな。

その後五反田でM君とラーメンを食い、コーヒーを飲み、語り合う。教職ゼミで集まることになってたけどすっぽかし。僕がいなくてももう大丈夫だろから。 M君は足を痛めてて今夜のフットサルリタイヤ。

その後学校で教職課程OBのシンポジウムに出席してきた。分科会でI先生に頼まれて、急遽つたない司会進行役になってしまったtakenonoさん。厳かな席ですよ。難しかった。ああいう世界ではやはり学閥だとか年功的なことも考えないといかんのかなあとか、発言を促すのはやはり偉い人からなのかなあとか、生意気なことを発言してはいけないのかなあとか、でも堅苦しいのもダメだしくだけすぎるのもダメかなあとか。んで英文の教授が一人で延々15分くらいしゃべってやがんの無意味な話を。しかもメモ見ながら。お前の講演会じゃねんだぞ、とキレるところでした。他の先生の話もたくさん聞きたかったのに。
MW君の情熱的なスピーチは、教職OBにはうけるんだろうけど、現実と理想に差が在りすぎるというお決まりのパターンがどうしようもなく存在する限りは、やはり壁なのだろうと思った。絶対的に立場が異なるのだから、僕はせめて言葉だと思う。分かり合えるための言葉がいつだって欲しかった僕は。理解だとか共感だとかって、そんな安易に出来るものじゃないだろ。言葉が欲しかった。せめて形に成るための言葉が。言葉が足りなかったために、僕は何度も何度も人とすれ違っちゃったから。いまは、持てる力全てを尽くして、言葉を創造し活かしたいと思ってる。
教育は子どもたちにとって残酷な僕らの罪なんだ。

その後グラウンドでフットサル。朝から着てたスーツをやっと脱げる。なんて寒さ。S氏もNさんもMT君もこられなくなったし、期待してたTGもTMもSNさんも結局パスってことで。K君もこないだろうなーと思いつつ。SOMAメンツと助っ人組とがやっと揃い3−3ミニゲームをしばらくしてたら雨降ってきて中止中止〜。今回はついてなかったなー。MM氏は一睡もせずに極寒フットサルしたもんだから相当体調崩壊してた。悪いことしたなあ。
帰りはファミレスでマッタリン。眠い眠い。
書籍もすきですが映像もすきです。結構だらっと観ます。
年末年始は卒論に追われてたので、録画しといたのに観れてなかった映像の類が多くて、最近それら全て観ました。あとはDVDなぞ借りて観たりしたのまとめてポン。

「古畑任三郎」全部観ました。うん面白かった。三谷さんはホントに役者のイメージをよく捉えながら作ってますね。すごいや。俳優イチローはイマイチ。 これでファイナル?うそでー。もっとやってほしいわ。しかし名のある俳優はこれまでに相当使ったよ。みなさん見たい犯人役ゲスト俳優いますか? 僕は例えば…役所広司、佐野史郎、内藤剛志、西田敏行、織田裕二、佐藤浩市、渡哲也(with石原軍団)、野際陽子、鈴木京香、常盤貴子…思いつくままにあげたけど、どうですよこの辺?そうそうたる顔ぶれじゃない?でもなんかピンポイントで有り得そうな所でもない? こないだ飲んでて候補あがったのは、松平健、小雪、柳葉敏郎、寺尾聡、北島三郎、泉ピン子、たけし、所ジョージetc…。 その後思いついたのは、椎名桔平、渡部篤郎、豊川悦司、武田鉄矢、竹ノ内や反町、阿部寛とか渡辺謙、ペヨンジュンとかどーよ?兄弟姉妹、夫婦、家族ぐるみでとか、ユニットとかで出すのもいいね。

映画も適当に観た。いつもと同じで別につまらなくもとりわけ震えるわけでもなく普通にどれも面白かった。
「OUT」
「ゴジラ−ファイナルウオーズ」
「TAXI」
「ブリジットジョーンズの日記」
「天使にラブソングを」
「ジョゼと虎と魚たち」
「グレムリン」 ギズモがかわいいなあ。
「感染」 すげ面白かった。ツボか。僕こうゆうホラーすき。
「予言」
「さらば宇宙戦艦ヤマト」観た。僕は手塚治虫チルドレンであると同時に藤子チルドレンでもあり、そして松本チルドレンでもあるのです。映画版のやつをずっと観たかったのやっと観れた。ガミラス戦争の何年後かの設定で続編扱いなんだけど震えた。内容は悲劇的すぎる。ヤマトと旧ヤマトメンバーがまさに新撰組かシルミド部隊かのように、平和になった地球にとってはその存在が既に用済みとなってしまい排除されかける。憤る古代進は再びメンバーを集めヤマトで地球を飛び立ってしまう。都合がよい展開だけどその後地球は白色彗星帝国の侵略により危機に陥って、生きていたデスラーとの最後の戦いを制したヤマトは再び地球を救うため太陽系に戻ってくる。白色彗星帝国との最終戦争では、ヤマトファミリーである沖田チルドレンたちも次々と戦死。伝説のヒロイン森雪も戦死。僕が大すきだった佐渡酒三先生もまさかの戦死。永遠の若隊長加藤三郎も壮絶な戦死。徳川機関長もウエ〜ン戦死。いつもいつも僕の中でカリスマだったあの真田さんまでも戦死。山本も斉藤も土方艦長も戦死。絶望を前に沖田の声を聞いた古代は、島や南部ら生き残ったメンバーに対し生命と宇宙愛を説き下艦させ、一人ヤマトに乗り雪の遺体を抱きながら帝国艦隊に特攻をかける。涙。でもウエ〜ン死にすぎだよこれ。噂には聞いていたが、やっぱ観なきゃよかったかな。
あとついでに観たのは、
「マスク・オブ・ゾロ」
「金融腐敗列島」
「リベラメ」
「宇宙戦争」
「コンスタンティン」

あらー意外とたくさん観てんなー。

東京タワーの真下で

2006年2月16日
麻布で兄の演劇公演があったので、くずメートのAをさそって観に行きました。劇はまぁまぁ面白かった。なるほどこんな感じかと。あんな感じだとやっぱ、一つのものをというよりも確かに祭りだったようなね。うちの兄はダメクズ人間たちが集い団結する展開がすきですよね。人は一人では生きていけないんだな。僕と、僕の周りにいるいろんなダメクズ人間たちのことを少し考えてしまいました。まぁなかなか相当な苦労の跡も見えたり見えなかったり。最後までがんばってほしいもんです。

Aと飲んで帰った。Aは知的で素敵。
雨の東京タワーはどこか幻想的。無機質なある日の東京のシンボル。
その東京タワーの真下で、美味しい豆腐を買いました。

こんな日

2006年2月15日
学校行った。色々、書類などで。
あとゼミの卒論集作成の手伝いをしてきた。最後くらい貢献したかったのです。でもほぼ出番はなかったけど。 Hにも会えました。相変わらず元気でした。

Bちゃんにも会えたけど、風邪ひいてた。今日はこんなあったかいのに、寒気がどうとか言って意識朦朧としていた。お茶おごってあげた。心配ですよ。お大事に。

就活も佳境(?)です。1次試験通りました。あと役員面接だけ。全く緊張感の無い男です。むしろ、僕を動揺させてみろよと言いたいね。いやいや失言が一番恐いよ。僕はすぐ調子こくからな。NGワードを多数抱え持つtakebonoさんにとって、面接は最大の山場で〜す。だめだこりゃ。

迎え撃つよ。takebonoソウルを筆頭に。幸か不幸か、失うものが未だ見当たらない僕は、まなざすものをただ衝動にするだけ。
「やりてェんだろがッ…やッてやるよそんなもん!」(by船村)

TAに借りた森博嗣の本が面白くて一気に読んだ。なんだこの読みやすさは。ミステリーってのはハマるとやばそうだ。絶対止まらんよこれは。
バレンタインデーって今日かー。そんなものには僕まるで疎く、今日はNちゃんに色々付き合って話したりうろうろしました。余裕ないけれど、色々なことがあるけれど、僕ら一生懸命生きていかなきゃな。人生はチョコのように甘くない。うんもっと刺激が必要だね。コクとまろやかさとね。あとは、のどごし。

どうでもいいんだけどよく話に聞いたことがあって、yahooニュースなどで詳しく知ったけど、韓国には2月14日に「バレンタインデー」があり、3月14日に「ホワイトデー」があり、4月14日に「ブラックデー」があり、5月14日に「イエローデー」「ローズデー」があり、6月14日に「キスデー」があり、7月14日に「シルバーデー」があり、8月14日に…〈省略〉。韓国は恋愛記念日目白押し。
バレンタインとホワイトは日本と同じだそうで。 「ブラックデー」は、バレンタインデーやホワイトデーで贈り物を受け取れずそのまま恋人ができなかった者同士が集まり、チャジャン麺(黒いあんかけをかけた韓国の麺料理)を食べる日。 「ローズデー」は、恋人がいる人はバラを送ってデートをし、二人の関係を発展させる日。 「イエローデー」は傑作。ブラックデーまでに恋人ができなかった人は、この日に黄色い服を着てカレーライスを食べないと恋人ができないと言われている日。だは。 6月の「キスデー」はキスできるんだって。12月は「ハグデー」があってハグできるんだって。急造イベントでオートマチックに発展する恋愛かぁ。 この他にも交際記念日などあるそうで、誕生日もクリスマスもあるし、金と労力がかかる恋愛と消費の文化だなあと思う。韓国人大変だな。

イベントに恋してもなー。恋愛消費イベントなんか一つも無ければいいのにな。全てを無視すれば、クズの僕は恋愛感情を衝動にすることができるかな。まあそんなこと言える立場じゃないけどー。しかしモテないなーtakebonoくん。

めのん

2006年2月13日 読書
プラトンの『メノン』。

アテナイを訪ねた青年メノンが、「先生、道徳というものは教えることができるもんなんでしょうか?」とソクラテスに尋ね、道徳と道徳教育を巡る二人のやりとりが延々と展開される。

メノンが少し意地悪気味に質問し、ソクラテスはうまく答える。
「…僕は、教えられるか教えられないかを知っているどころか、徳それ自体がそもそも何であるかということさえ知らないのだよ。…この問題に関する僕の知恵は、同市民たちの御多分にもれず貧困であって、徳について全然何も知らないことを、自分自身に対して非難している状態なのだ。そして、ある一つのものが何であるかを知らないとしたら、それがどのような性質のものかということを、どうして僕は知ることができよう」

道徳教育はどう在るべきか?を問う前に、道徳とはそもそも何なのか?を考えようよとソクラテスは言う。メノンは少し小馬鹿にした気持ちのまま自分の道徳論を展開するが、ソクラテスは無知の知により、ソフィスト批判も含め、様々な論法でメノンの問いを導いてゆく。

「何であるかがまだわかっていないようなものについて、それがどのような性質のものであるかということを考察しなければならないらしい」

徳とは…「善きもの」か? またそれを獲得する能力か? それが善きものでなければ不獲得もまた徳か?
徳とは知識であるか? 知識であるなら教えられるはずだろうか?
徳は善であるか? 徳は有益であるか? 有益はときには害ではないか? 正しい使用の場合は有益であり、正しくなければ有害ではないか?
教えられるもの、つまり教えうるものならば、教える者と習う者がいるはずではないか? 徳における教師とは? また、生徒とは?
すばらしい人や、徳のある人は確かに存在する。しかし、教えうる能力はまた別ではないか?

「我々はまず何よりも、我々自身に注意を向けて、我々をとにかく何かの仕方で、より優れた人間にしてくれるような人を探し求めなければならない」

正しさに導くのは思惑か?知識か?
結局は、神の恵みによる??

道徳はどうやったら教えられるか?を議論する前に、道徳とは何か?をもっともっと議論したいものだねえ。で、2人のやりとりは終わる。

今日学校行って、教職ゼミの残りの作業をしました。やっとめどがついた。
おつかれメノンそしてtakebono。
今日は「有期雇用」について論じよう。
有期雇用とはその名の通り有期な雇用のことです。終身雇用が崩壊し非正社員化が進むということは、有期雇用が増えるってことでもあります。有期雇用者はフリーターだけじゃなく、主婦や中高年も多い。最近ではさらに人件費を削るため、企業や自治体は人を直接雇用せず、派遣社員や請負社員に委ねる「間接雇用」が多い。ハッキリ言って、これほど不安定で不安なものはない。次の更新時にクビられるかもわかんないからね。経営者にとっては素晴らしいロジック「有期雇用」。いくらでも流動的に人員を整備できるし、一つの仕事ごとに適性と人数を計算して効率的にやれる。そう、効率的にね。おかげさまで経済は人間市場の規制緩和により回る。末端労働者の経済的・精神的不安定と引き替えに回る。派遣労働の規制緩和は政府による諸処の改革の成果でもある。製造業だけでなく、建設や港湾とかもそのうち派遣がOKになるんだろう(もっとももう既に違法に派遣されてるがね)。 自分の置かれた立場における現実として、多くの人によく見ておいてほしい。これが「痛み」だと思うよ。

有期雇用の上限は、1988年の労基法改正までは原則1年だった。(そもそも法的には、あの女工哀史の時代くらいまでさかのぼって、あの劣悪環境人身拘束長期間労働は忍びないという温情的な取り決めだったらしいが…)いくつかの改正を経て今は上限3年で、専門者と高齢者は5年である。…あれ?労働契約期間が原則1年より3年の方が、有期で働く側にとってはありがたいじゃん〜。お上もたまにはいいことするね〜、っていうのはやはりおめでたくて、むしろこの規制緩和は経営者側の声を受けてのものだったという。そこには興味深い過程がある。

上限が原則1年だったときは、1年以上働く(働かせる)ときはその度に更新しなきゃ(させなきゃ)なんなかった。その際、何回も更新(「反復更新」)させておいて「急にご用済み」にすることは、実は法律が認めておらず、「解雇権の乱用」にあたっちゃうらしいのだ。厚生労働省の研究会が様々な裁判例を分析し公表した結果は、「反復更新を繰り返した末の「雇い止め(契約更新しないケース)」には合理的な理由が必要になる」というものだった。そう、だから経営者側は、上限1年の中で反復更新を繰り返すことには使い勝手の悪さを感じてたのです。そして改革にて期間3年への規制緩和を要望し実現させたのです。「3年雇用保障したんだから」で裁判等は充分企業側有利になるってことだよね。 法も司法も強者の味方か。

有期雇用者の働く理由トップは…、短時間パートの人では「家計補助」(47%)。これはたぶん主婦とかパラサイトが可能な人たちだろう。家計の補助として有期雇用を考えてる人たちは短時間労働でむしろ都合がよい場合もある。 一方で、長時間パート(労働時間は正社員並み)の人では「正社員として働ける職場がない」(41%)がトップ。パラサイト不可能な人たちは長時間働かなきゃならないし、安定した正社員を希望しても願いはなかなか叶わない。 契約社員の人たちは「これまでの経験を生かせる」(40%)がトップ。不安定就業だというのにね。 契約期間終了時の希望は「契約更新」(66%)がトップ。「正社員にしてほしい」(9%)が2番目。正社員になりたくないわけじゃない人もいるけど、もう諦めモードなんだそうだ。正社員のキツさも見てるのだろうし。企業は嬉しいけどね。

そして現状では色々な問題が起きてる。先ほどの話では原則上限3年に決められたはずの法律が、企業によっては普通に守られてなかったりする。むしろ3ヶ月や1ヶ月更新はそれほど珍しくない。そんな中では労働者の権利主張などもはや有り得ない戯言になる。経営側はいつもの決まり文句を言うだけ。「代わりはいくらでもいるよ」と。 労働条件の切り下げも常態化している。昇給どころか、更新の条件に賃金切り下げを提示してくる場合もある。「嫌なら辞めてちょ」と。 一部ではセクハラやパワハラも起きているという。特に非正規雇用の中心である主婦や若者は全くの無知無力なので、企業はやりたい放題だ。
「有期雇用」は様々な環境が未成熟なまま、社会的弱者を飲み込み拡大してる。それで成り立っているし、経済は回ってゆく。人材派遣業とかは今後伸びてゆくんだろう。 止められないから我慢する?我慢するから止められないんじゃないの? どっちにしろ弱者はこの構造の中では厳しくて、そのうち潰れてくと思う。どうすれば、いい?

これからの人間はどこまで使い捨てられていくのだろうか。取り返しのつかなくなる前に、破壊されてるものに向き合わなきゃいけないのだけど…。
僕はいつまで弱者の立場で在れるのだろうか。強者の論理は、やはり充分に戦える者ほど選んでしまうものだろう。 弱いままだから弱者の立場で在ろうとするの?強くなっても弱者の立場で在ろうとすることができるの? 今は脆弱な僕が、仮に強くなった後で、尚、弱者の立場に立てることができるのだろうか?そんなことは、何がどう甘かったり若かったりして、ダメなように言われるんだろうか?
どうにもなりそうもない現実のことをもっと知ろうとすることや、そこからなんか希望のようなものを捻り出してゆくことって、そんなに愚かなことですか? 弱肉強食にやりきれなさを感じるのは、僕がクズだからですか? 何も得ていないから?失えるものがないからなのですか?
自分のことに精一杯な中でも、どれだけ他人のことや世界のことを考えられるのか。きっとこれから真剣に考えるときがくると思う。
〔続く〕
格差拡大・下流・雇用破壊時代を我が社会が迎えるにあたり、とりあえず「フリーター」の再分析でもしよう。
陰鬱な響きである「フリーター」。2005年版の労働白書(厚生労働省)では213万人だったフリーターが、2003年版の国民生活白書(内閣府)では417万人とされている。何をもってして「フリーター」とカウントするか定義が曖昧なためだ。「フリーター」がもともと造語だってことを再認識させられるね。 とりわけ難しいのは、近年の非正社員化で急増した「派遣社員」「契約社員」はフリーターなのかそうじゃないのかどっちなの?って問題だ。それで数が違ってくるからだ。まあしかし定義の問題よりもさ、いま確実に言えるのは多くの人が不安定雇用だってことだ。だから新たにつくればいいんだよ概念定義ワードをさ。シンプルなの考えた。「不安定就業者」。これで充分。 「フリーター」なんて言葉からして利用されてる気がするんだよ。安定してるフリーターだっているし、不安定な正社員だっているさ。そして派遣や契約さんはどっちなのかね。

ちなみに新卒フリーターは大卒で3割、高卒では4割近くいる。その中でも偏差値の低い学校や、成績が悪いほど、やはりフリーター進路率は高い。フリーターは、企業のジョブトレーニングも受けれないし、労働意欲も減退してく傾向が高く、努力を評価するシステム体系も不充実だからモラルハザードまで起こりうるとされている(それにしちゃどこの店もバイトさんは勤勉なように見えるがね)。フリーターの言い分の多くにある「自分探し」「適職探し」は、そもそも未知の体験を多くしないと見えてこないものだと思われるのに、新しい体験自体を避けてしまう消極的フリーターも生まれてる。しかし、「仕事での成功・評価がなければ負け組」のような会社・仕事至上主義や、まかり通る違法や劣悪な労働環境・条件や、やり直しのきく雇用システム、などにおける改善が見られなければ、この社会はなかなか仕事に夢や希望ややりがいが持てる労働社会ではなくて、安易なフリーターが増えるのも仕方がないのだとも言えるのです。 僕はクズだから。フリーターやニートの気持ち少し分かるつもり。こないだ飲んだときKSさんと話して気持ちすごいわかる気もした。僕らは普通に質素に文化的に生活できるだけでいいのにな。過剰生産大量消費社会における労働の意味ってなんなんだろ?過剰な生産もサービスも、それらを売りさばくことも、狂ったような過剰を清算する消費システムに支えられた上で市場競争に晒された雇用労働活動だもんな。賃金も、失業の恐怖も、社会貢献も、夢やらヤリガイとやらも、どのようにか労働意欲なんてものになりうるのでしょうか? 疎外っつうんすかこれ? でも僕は新社会人も、勇気を持ってフリーターになる人も、立ち上がろうとする人たちも、みんなみんなやっぱり応援したいと思うんだよ。
「聞こえるかい?がんばれ!♪」(B・H)

「フリーター」の内情。(『非典型雇用労働者調査・フリーター編』リクルートワークス研究所)
どんな仕事してんのか?…フリーターの7割が従事してるのはやはりサービス業。 どんな所で?…勤務先は従業員30人未満の小規模企業・事業所。 年収は?…ピンキリ(状況によって違う「質的格差」なのだ)。平均年収は男性156万、女性122万。学歴はほぼ反映しない。 フリーターの中にも格差はあるの?…経験の有無と年齢が大きく関わる。正社員経験者(男性)は平均201万に対し、未経験者(同)は136万である。30〜34歳フリーター(男性)は203万に対し、18〜19歳フリーター(同)は126万である。 フリーターの世界も年功社会なのかね。そしてフリーターしかしたことがない人はやはり低収入生活から抜け出すのが難しいんだって。
同年代のフリーターと正社員の賃金格差は約3.7倍。生涯賃金格差は4.2倍。その他、税金も消費支出も年金額にも大きな格差が生じ、多大な影響を日本社会に及ぼしうるとされてる(何言ってやがるって感じだけども)。非正社員化社会はGDPも押し下げる懸念もあるが、これが少子高齢化などの社会変動とマッチしてどのような事態になりうるのか、まだ僕には想像もできないな。

男性プーがよくいうのが、「女性(フリーター)は結婚という逃げ道があるからいいよね」という皮肉。だが女性フリーターもパートナーがフリーターであることがやはり多くて、不安定は変わらなかったりするという逆皮肉。フリーター女性の方がやはり正社員女性よりも結婚では遅れをとっているというデータもある。やはり結婚は経済力である。 90年代前半までには、フリーター女性も正社員女性も、パートナーである夫の経済力にはあまり格差はなかったという。雇用情勢が厳しくなる90年代後半になると、前者の夫の年収は低くなっている。そうなるとやはり男の奪い合いなのかな。 そんなわけでフリーター女性は結婚後も働くことが多い。

仕事を持っている子どもの親との同居率は全体で4割強だが、その中でもやはり正社員の方が低く、非正社員は高い。結婚率も正社員より非正社員の方が低い。そりゃそうですよ。生活基盤とは、お金だ。 経済的不安定なら当然結婚には消極的になるし、どんなに誠実でもパートナーとしてフリーターは選ばれにくいのである。ある元IT社長はこんなことを言っている。その通りかもなと思うし、こいつ死ねばいいのにとも思う。
「お金を持つだけで、精神的なものも高みに上がる。そしてそのお金に女性もついてくる」(byホリエモン)

「結論を言えば、経済的に不安定なフリーターが増えれば増えるほど、非婚・晩婚というライフスタイルの選択に拍車をかけ、少子化もさらに進行するはずである」(p42)

フリーターの大量出現に良い面はないの? 筆者が一つ言ってます。「男が働き女が家事」という固定的性別役割分業は崩壊するんじゃないか、ってこと。おお。フェミニスト万歳。なにしろ年収が男女とも平均で200万に届かないのだから、当然共働きだから、家事は折半にでもしないとやってられんだろう。実に男女平等で相互理解だ。男性は「妻子を食わせて一人前」的な伝統的「沽券」から解放され、女性は「内助の功」的な女の「務め」から無縁になる。共倒れしないために共に働き、「結婚」は真の平等な共同体システムとなるであろう。…万歳。貧乏万歳。男女平等下流社会万歳。ろくでもねえよ。万歳。

しかしまあ新たな価値観みたいなものは実際生まれてくるかもしれないな。
〔続く〕
非正規労働の主役たちについて論じます。主役はなんといっても女性と若者です。
『労働力調査』によると、女性労働者の半数以上は非正規労働です。一方、男性は8割が正社員です。「男性は正社員、女性は非正規社員」という、性に基づく「差別的雇用体系」は定着している、といっていいのかな? 女性は結婚後はどうしても再就職型になるし、家庭との両立を考えると非正規労働になってしまうからです。
一般的に、女性はライフスタイルの選択により就業形態が大きく変わりうるとされてます。正社員として働き続けた女性の生涯賃金は、パート再就職女性に比べ2.6倍、退職後に専業主婦になった女性と比べると驚愕の4.5倍。出産・育児のために家庭に入ることで失われた収入を指す「機会費用」が高すぎるのである。「機会費用」は子どもを育てる教育費とは別のもので。この知識集約型産業下では、子どもを中流以上の生活ができる社会人に育てたいーという教育エゴが生まれたりすると、またさらーにお金がかかるのです。少子化になるの当たり前じゃないですかァ。 ずっとずっとずっと色々な多くの多くの多くの人が言い続けてきてることですが、仕事と家庭が両立できる環境を整備するしかないのだと思います。シングルマザーってすごいと思う。

若者の非正社員化も深刻です。全体では男性は8割が正社員にもかかわらず、15歳〜24歳の男性の非正社員比率は4割を超えています。女性は5割を超えています。現代の若者の半数近くは非正社員なのですね。 自分の周りみてごらんよ。友達にも非正社員たくさんいるはずだよ。意識の問題でも勿論あるのだけど、勿論それ以上に本質的な構造の問題でもあります。

非正規労働者は生活の基盤を当然つくれません。女性は夫に、若者は親に、それぞれパラサイトしてます。でもだんだん親世代もリタイヤしていき、年金受給世代になってゆきます。団塊世代は2007年前後に大量リタイヤします。親世代もまた社会にパラサイトしてゆくのですね。なんだよそれ。 親世代ももういつまでも子をパラサイトさせるゆとりがなくなってくと、パラサイト族は行き場を失うのでは?という懸念があります。 たぶんろくなことにならない。

フリーターの子どもを持つ親たちの不安――
「がんばって家も建てた。住宅ローンも完済した。名実ともに中流の暮らしを満喫しようと思ったが、まてよ、30歳を過ぎてもフリーターをしている我が子は、少々気張って建てたマイホームを維持できるのだろうか。固定資産税だって払ってゆけるのだろうか。ひょっとしたらこの家は、我ら夫婦一代のものでしかなく、息子の代になったら手放すことになるのではなかろうか。だとすれば、家を持つって何だったのだろう…」

切実といえるのか。うーん。 亡き後は血の繋がった者に託したいという親心を、フリーターどもが無駄にし、中流の象徴であるマイホームは一代の砂上の楼閣でしかなくなるのかもって。でも、そんなことわかってたことっつうか…。うーん。

夫にパラサイトする既婚女性も不安でいっぱい。夫のリストラ、病気、浮気…。女性の再就職は家計の補助ではなく自立的なものになるべきなのか。うーん。
子どもは親を頼ることに慣れ、妻は夫を頼ることに慣れ、夫は頼られることに慣れてしまっているという。社会制度はもう頼ることもできなくなるかもしれないね。

僕はでも、頼っていいと思うんだ。余力があるなら頼られていいと思うんだ。全員が完全に自立するよりも、ある部分ある部分を信頼しあって生活してくことだと。非正規労働の主役である女性と若者を全て正社員にすることは無理だし無意味。でもそこにつけ込んでやりたい放題する企業が出てくるのを、やはり駆逐して、非正規労働内でどうにか安定させていくことだと思う。確かに利用はされてるんだけど、持ちつ持たれつだし労使交渉をしていくしかないし、あとやっぱり支援するシステムは必要だと思う。夢追いフリーターはそれでもいいけど、腰掛けフリーターや、正社員になれなくて仕方なくフリってる人とか不本意な非正規社員とかは、支援してほしい。月並みだが。フェアなルールを作ることだと思う。

非正規雇用がこれほど身近になり、「ライフスタイルの多様化の反映」はいつしか真の問題点を隠す便利文句となってる。破壊されているものが何かをちゃんと見なければ、知らず知らずのうちに今度は僕ら自身が何かを破壊し、破壊されてしまうかもしれない。
頭の悪い若者はみんな搾取構造に喰われてく。頭のいい若者は搾取構造を逃れるためにホリエモンを目指すべきなのか? 気付かなければそれでいいとも言えるのだけど、既に何か確実に壊れているようにも僕には思えるのですが。
〔続く〕
採用試験受けてきました。

SPIもどきに適性検査に作文までやらされた。バカになるの大変だった。作文ってすげえ難しい。このブログのように自由に書いたら絶対落ちるし、でもそれらしいのうまく書けないし、苦しんだ。 まあでも面白かった。最後にちゃんとシューカツできてよかった。もう就活いいわ。完全に飽きた。まあ小説のネタにはなったな。

もはや今やトレンドとなりました、大学生にとって地獄と憧れの「シューカツ」。そのtakebono版マニュアルは以下。みなさん参考にしよう。

?エントリー: 合同説明会などでエントリー。連絡あった順に説明会予約。takebonoさんという人材は早い者勝ちですよ企業さん。
?説明会前日: 組合結成イベントの集まりに顔を出し飲み。前代未聞だね。ばれたら不採用。そして100円ショップの履歴書を3回書き直す。書き慣れてないからね。適当。髭を剃る。買ってきたマンガを読む。『ドカベン』感動する。
?説明会当日: ワイシャツを探すが見あたらないので親父のを借りる。駅で写真を撮って電車内で切って貼る。見られたら不採用。履歴書完成。 崩れそうな自社ビルで説明を聞く。社長の企業理念はなかなか素晴らしい。今にも潰れそうな伝統ある場末の中小企業。 なぜかtakebonoさん、常務と馴れ馴れしく話す。不採用可能性UP。 帰宅して飲み。
?試験前: ブックオフでSPIうんたらの本を100円で購入して勉強して飲み。知られたら不採用。カラオケして飲み。
?試験: のりきる。SPIうんたらの本をゴミ箱に捨てる。おつかれえ。飲むか。

以上。
来年大学のOBとして僕の語れる就活はこんなもんですねー。
これで、うかるのかなあー。うかるもんなのかなあー。まあ結果は後日。takebonoの卒業後の進路は社会人かフリーターかー。乞うーご期待〜っ。 このブログ見られたら完全に不採用だな。がんばる意志はあるのにー。

帰りに九段下の労働うんたらセンターに寄って『ポケット労働法』をもらってきた。受付のおじさんと長く話し込んでしまった。去年の労働相談の総数は5万件。労基署は10万件だとか。それでも、たぶん勇気を出して相談に訪れた人が多いと思うんだよね。追いつめられて追いつめられて頼るとこなんか他になくてさ。そう考えると、ホントにその15万件すら氷山の一角だなって思う。違法なんてほとんど常態化。いちいち違法だとか言って、有休とらせたりサービス残業潰してたりしたら、経営そして経済が成り立たないんだろうなと思う。持ちつ持たれつなんだよね。でもそれは僕に言わせればバブルまで。ほとんどの労働者が中小企業に勤め、その中小企業がギリギリの運営なのだろうけど、それでも尚僕は、奴らが「自己責任社会」を唱えば唱うほど、無知や無力に対する悪意が醜悪に見えるのだ。倒産するか、社員を守るかにしろ。

みんなみてろよ、僕の闘いを。ホントは傷つきたくも傷つけたくもない。血を流すことなんて不毛だ。だけど、僕が大切に思うものを、それを破壊しようとするものが現れるなら、僕はそいつらと闘う。 こいよ自己責任社会。迎え撃つ用意はできてきたぜ。

うろうろ歩いてたら神保町とかあのへんまで歩いたらしくて迷いました。地下鉄で帰りました。ミスター方向音痴です。
採用試験の勉強をしました。

Nちゃんとカラオケに行きました。クーポン制度廃止されてやがんの。でもNちゃんの持ってた別のクーポン券でまた安くなりました。1時間ワンドリンクで一人170円?しかもポテトが一皿無料でついてきた。…これでさァ、利益でるの? しかも室内設備投資されてた。妙だなあ。 でもポテトはすごい味だった。どうやったらあんな不味いポテトになるのか不思議。でもNちゃんはバクバク食ってた。不思議。

夜は久しぶりにTAん家で飲みました。色々話した。また違う種類のクズがそこにいました。なんとかーなるさ。僕らは周りと同じことしてても安心できないし充たされないと思うんだよ。でも僕らなりに生きてて楽しいんだと思うんだよ。ちょっと突っ走ってみちゃおうよ。こいつとならなんか未知の形でクズタッグが組めるかなあとか思いました。 僕らはどんなものでソウルコラボできるんだろうね。

勉強して飲み

2006年2月7日
採用試験の勉強をしました。

夜はA宅で飲み。
色々話しました。僕らの未来が楽しみになってきました。それぞれこれから色々様々なことが起こってゆくんだろうけど、精一杯思いっきり生き抜いてゆけるんじゃないかと思う。妙に期待する。でも誰かしらは酒でくたばるんじゃないかなーとも思う。

A宅はゆっくりできるからすきです。僕らは酒とネタさえあればまったりだらだら楽しめるのです。そんなくず性質がいつもすきです。飲みは家がすき。
「小泉改革の結果として「勝ち組」と「負け組」の二極化が進んでいるという批判に対抗するため、小泉首相や猪口少子化相が「待ち組」という言葉を使い始めた。勝ち負けの“二元論”にくさびを打ち込み、改革の影の部分が論点になりそうな風向きを変えたいという思惑もあるようだ。「待ち組」は、フリーターやニートなど「挑戦しないで様子をうかがう人」を意味する造語。猪口氏は1月31日の記者会見で、「『負け組』は立派だ。その人たちは戦ったのだから。本当に反省すべきは『待ち組』だ」と述べて、フリーターらの奮起を促した。小泉首相も2日の内閣メールマガジンの中で「待ち組」の存在を指摘し、「そういう人々も持てる力を存分に発揮し、創意工夫を活かすことができる社会にしなくてはならない」とつづった。こうした首相の呼びかけに連動するように自民党では、衆院当選1、2回を中心とする若手議員約50人が2日、「若者を応援する若手議員の会」を発足させた。会長の西村康稔衆院議員は設立総会で、「猪口大臣も全面的に協力する。若い世代の声を吸い上げ、国民運動を盛り上げていきたい」と訴えた。同会は6月までにフリーター・ニートや少子化対策に関する政策を提言する方針だ」(読売新聞)

僕は誰とも殺し合いたくないな。競争嫌いなんだ。なんでそんな殺らなきゃ殺られるような世界に引きずり込まれなきゃならん?挑戦しなきゃならん? ただ平和に誠実にささやかに生きちゃいけないの? 勝たないとダメなの?負けないと許してくれないの? 一律の経済競争の中では、誰もが敗北だけはわかってるんじゃないの?二極化だし、希望格差だもんね。 犠牲を伴ったりモラルを失ってまで勝ちたくもない。負けたくもないしホリエモンにもなりたくない。だからみんな戦いたくないのだろうにさ。「創意工夫」って一体何??どうやって「奮起」するの?? 流動的で投機的な社会だ。負け組すら讃えられるほど奪い合いと殺し合いが賛美される社会だ。 僕が闘うべきものが見えてきたような気がする。そしてこれからは大人として正面からそれらと闘おうと思う。望み通り、若い世代の一人として声を上げてやる。むしろ「待ち組」を突き動かすことによって社会を変えるのは僕らだよ。

『ポケット労働法』を持ってる? 非売品で東京都が出してるやつだ(ひっそりとね)。読めば労働観と世界観が少し変わるほどのものらしい。終身雇用が破壊され、非正社員化が進み、労使協調が終わり、転職時代となるこれからの社会では、こうゆうものは必須になると思います。自分の生活を自分で守ることが必要となるからだ。自己責任でね。 僕は今度もらってきます。就職する前にこれで少し勉強するよ。ほしい人、特にこれから働く人、いま働いてる人、そして職場や仕事に疑問・不満・不安がある人、どこかに相談しようと思ってる人などはtakebonoまでご連絡を。無料で差し上げます。
末端労働者はね、日本経済とか経営方針とかを憂いてる場合じゃないんだよ。自分や家族、そして誠実な社会生活を守る術を勉強しなきゃならないんだ。政治や幸運なんかをあてにしちゃだめだ。公教育で教えられてこなかったことは、みんな僕らにとって本当に必要なことだったんだよ。あらゆる意味で、これからは自己責任社会なんだぜ。

新生R−SOMA

2006年2月5日
朝方近くSK兄は帰ったようです。寝てたからわかんなかった。
昼はサッカーで久々に本格的に。ドリブル強化。なかなかうまくならんなあ。R-SOMAも3年目ですよ。スタメンでビギナーズクラスに行きたいね。

曙・長州の異次元タッグ誕生。すげ。

眠くて仕方なくて。爆睡。

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