takebono母校に帰る6
2005年6月2日40分の短縮授業だったからまた時間配分が難しくて困った。急ぐあまり説明が不充分になり、授業が混乱した。スキル、テクニック、皆無の実習生には厳しいところだ。
LHRが興味深かった。1−C。実習教官のY先生のもとに、一斉に生徒が詰めかける。聖徳太子が一人で何人もの話を同時に聞いたというけど、それ状態。先生〜先生〜先生〜。
昼休み後は明日の体育祭の準備を手伝った。なんといっても各クラスの装飾看板(見事の一言!)。3×4Mくらいの板を、校舎を囲う鉄の網にくくりつけてつり上げるのだけど、これが結構危険な作業で、すっげえ不安定な脚立とかで作業とかして、小雨が降ってるし、おい大丈夫かよと心配だった。しかも「例年、教育実習生がこの作業をするんだよ」とかって、体育教師がたきつけてきて、絶対やりたくねえと思った。だって、危険だろ。まあたぶんこういうとこなんだろ。アピールってやつだ。積極性とかいうやつだ。教師にとって必要不可欠なやつ。僕は無理だ。だってケガしたくない。体育教師がやればいいだろが。
だけど、小雨の中準備をする先生方も生徒も、本当に楽しそうだった。ああきっと母校はいい学校になったのだなと思った。体育祭とはこんなに大イベントだったのかと、思った。
明日が雨天中止の場合、平常授業だ。授業計画作りに全く時間がない。しかも今後の時間編成も狂ってくる。明日雨だったら僕は相当に追いつめられるだろう。ただ降るな、と願った。多くの先生や生徒がそう思っただろうけど、僕はただ自分の都合だけを考えて、雨よ降らないでくれと願った。 夜中ファミレスで勉強してたときもずっと雨降ってたから、半ば諦めてたけど、ファミレスを出るとき雨はやんでいた。もしかしたら願いは通じたかも。 早くも神頼みかよと思った。既にいっぱいいっぱいだったのだ。フラフラで帰宅。時間がない時間が。
LHRが興味深かった。1−C。実習教官のY先生のもとに、一斉に生徒が詰めかける。聖徳太子が一人で何人もの話を同時に聞いたというけど、それ状態。先生〜先生〜先生〜。
昼休み後は明日の体育祭の準備を手伝った。なんといっても各クラスの装飾看板(見事の一言!)。3×4Mくらいの板を、校舎を囲う鉄の網にくくりつけてつり上げるのだけど、これが結構危険な作業で、すっげえ不安定な脚立とかで作業とかして、小雨が降ってるし、おい大丈夫かよと心配だった。しかも「例年、教育実習生がこの作業をするんだよ」とかって、体育教師がたきつけてきて、絶対やりたくねえと思った。だって、危険だろ。まあたぶんこういうとこなんだろ。アピールってやつだ。積極性とかいうやつだ。教師にとって必要不可欠なやつ。僕は無理だ。だってケガしたくない。体育教師がやればいいだろが。
だけど、小雨の中準備をする先生方も生徒も、本当に楽しそうだった。ああきっと母校はいい学校になったのだなと思った。体育祭とはこんなに大イベントだったのかと、思った。
明日が雨天中止の場合、平常授業だ。授業計画作りに全く時間がない。しかも今後の時間編成も狂ってくる。明日雨だったら僕は相当に追いつめられるだろう。ただ降るな、と願った。多くの先生や生徒がそう思っただろうけど、僕はただ自分の都合だけを考えて、雨よ降らないでくれと願った。 夜中ファミレスで勉強してたときもずっと雨降ってたから、半ば諦めてたけど、ファミレスを出るとき雨はやんでいた。もしかしたら願いは通じたかも。 早くも神頼みかよと思った。既にいっぱいいっぱいだったのだ。フラフラで帰宅。時間がない時間が。
takebono母校に帰る5
2005年6月1日1−C朝のHR。うるせーのなんのって。「聞いて〜」って叫んでやっと半分くらいが聞いてる感じ。
1計画目の最後の授業、4クラス目が終わった。やはり緊張したが、やはり一番スムーズに進んだ。やはり1クラス目が必ず失敗授業になる。そしてそれは必ず先行してる1−Fになっちまう。申し訳ないと思った。 その日のクラス、その日の雰囲気、条件などで、授業というものはどうにでも変わるものだと思う。まさに鼓動する舞台だ。
体育祭が雨で流れたら、また授業計画が狂う。こんなにリアルに学校を感じることになるとはね。
ぐだぐだに疲れて帰宅
1計画目の最後の授業、4クラス目が終わった。やはり緊張したが、やはり一番スムーズに進んだ。やはり1クラス目が必ず失敗授業になる。そしてそれは必ず先行してる1−Fになっちまう。申し訳ないと思った。 その日のクラス、その日の雰囲気、条件などで、授業というものはどうにでも変わるものだと思う。まさに鼓動する舞台だ。
体育祭が雨で流れたら、また授業計画が狂う。こんなにリアルに学校を感じることになるとはね。
ぐだぐだに疲れて帰宅
takebono母校に帰る4
2005年5月31日1・2限が授業。前回までの反省を生かし、「間」をとった。板書の書き始め終わり、資料などを提示する際、生徒の様子を見て、大体全員がついてきてたらリスタートするようにした。そうすっと少しリズムがよくなった。だけど今度は授業計画が時間通りに終わらなかった。難しいものだ。ワンマンで進める授業は生徒がついてこれない。生徒と並んで進めると時間が足りない。プロは結局両立させるのだろうけど、難しいわ。
「現代社会」の授業見学をさせてもらった。グループワークに参加した。楽しかった。ふと気付いた。3−A教室、僕が高3だったときの教室だ。懐かしかった。 高校生って面白い。熊みたいなヤンキー系の男の子と、少し小太りな声の小さいメガネでオタク系の女の子が、仲良く喋ってる。髪ボサボサでひきこもってそうな男の子と、超ミニで小綺麗に化粧してるギャル系の女の子が、親しそうに会話してる。彼ら彼女には垣根がない。僕の時もそうだったっけ。人なつっこい。下町気質なのかな。
帰りの1−CのHRに出た。やかましかった。ゴミ捨て当番を決めるのも一苦労だ。
どっと疲れて帰宅。
「現代社会」の授業見学をさせてもらった。グループワークに参加した。楽しかった。ふと気付いた。3−A教室、僕が高3だったときの教室だ。懐かしかった。 高校生って面白い。熊みたいなヤンキー系の男の子と、少し小太りな声の小さいメガネでオタク系の女の子が、仲良く喋ってる。髪ボサボサでひきこもってそうな男の子と、超ミニで小綺麗に化粧してるギャル系の女の子が、親しそうに会話してる。彼ら彼女には垣根がない。僕の時もそうだったっけ。人なつっこい。下町気質なのかな。
帰りの1−CのHRに出た。やかましかった。ゴミ捨て当番を決めるのも一苦労だ。
どっと疲れて帰宅。
takebono母校に帰る3
2005年5月30日今日の授業はダメだった。騒がしいのなんのって。結局、しゃべりだけじゃ「間」がもたないんだ。ここの資料見てとかこの写真がどうとか、そんなポンポン情報処理できねえんだ。理解もできねえんだ。模擬授業だけではなるほど想定できなかったことだ。これが実戦ってやつなんだ。あまりにも、ひとりよがりだった。聞いてくれるなんて思っちゃいなかったけど、ソウルに満ちた話を喋ってれば、ついてきてくれるんじゃないかと思っていた。ソウルが、届くかどうかも分からないのに。内容じゃない、授業テクニックだ。それが足りない。 申し訳ない。ちゃんと聞いてくれてる子に申し訳なかった。「間」をつくるしかない。そうすることで逆に距離を潰すしかない。 実習生って立場も微妙だ。うるさかったら注意していいよって言うけど、やっぱやりづれえ。やはり、距離を埋めるしかない。今までは、ソウルがこっちにあることで、それが可能になるんじゃないかと思ってたけど、明日からは、ソウルを投げかけてみることだと思った。 今日は失敗だった。ダメだった。うまくいかねえや。さすがに高校生だな。 授業前に廊下に群れていた奴らと少し話した。まるっきり高校生。バカやってるわ。ハハハ母校、全然変わってないじゃんかよ。難しいな、やっぱ難しい。進学校はこんな苦労ないのかな。伝える、教授するってこんなに難しいのかよ。すげえな教師って。 担当教官の先生には迷惑かけっぱなしだ。ホント申し訳ない。
もう3日も過ぎちまった。守りに入ってる場合じゃない。
もう3日も過ぎちまった。守りに入ってる場合じゃない。
実習生の休日
2005年5月29日今日はずっと明日の授業の教材研究してた。 「しゃべり場」にあの福本伸行がゲストに出るっつって、せっかくOとAががおしえてくれたのに見逃してしまって、今日の再放送を観ようと思ってたら、何か番組がズレこんでたらしく観れなかった。あああ観たかったのにな。 K1でジェロムレバンナがシリルアビディと壮絶な打撃戦を展開した。むちゃくちゃ興奮したけど、教材研究の傍らだったので、心からは楽しめなかった。チャンピオンズリーグもちゃんと観れなかったし、今週のW杯最終予選も心からは楽しめないのだろうな。今はドキドキが違うところにあるから。きっと何があっても素直には喜べない。それほど重いものなのだ僕にとっての今とは。 明日から本格的にいっぱいいっぱいの日々に突入する。がんばんなきゃ。
束の間の休息
2005年5月28日今までにない疲れが残ってる感じがして、ゆっくり過ごすことにした。友達と映画観に行った。酷く分かりづらい映画だった。でも混んでた。あんな映画にそれでも並ぶんだなあ人ってのは。
ふと、みんなはどうしてるかなあと思った。もう実習に行ったやつはいるだろうか。どんな風に過ごしてるのかなあ。
酒とサッカーと読書を奪われてしまうと、ホントそれだけでストイックな感じがするよ。
ふと、みんなはどうしてるかなあと思った。もう実習に行ったやつはいるだろうか。どんな風に過ごしてるのかなあ。
酒とサッカーと読書を奪われてしまうと、ホントそれだけでストイックな感じがするよ。
takebono母校に帰る2
2005年5月27日うとうとしながら作業するの嫌だったので、早めに寝て、夜中起きて授業計画に取りかかった。教材を作るのも一苦労だ。忙しい教師がこんなこと連日がんばれるわけがない。教科書と指導書に頼った授業になってゆくのは当然だと思う。それをつまらないだとか、魅力が無いだとか、責めるのは酷なもんだ。無念だろうぜ教師ども。だからこそ実習生の僕はがんばれるのかもしれない。ホント見てて忙しそうだ学校の先生。
4限、何とか授業にこぎつけた。一番恐かったのは時間内に内容が終わらないことだったけど、なんとかなった。汗だくだく。ガクガク。相変わらず教室は騒がしかったけど、皆ついてきてくれた。少し感じた。手応えってやつ。「へ〜」って程度でいい。「面白さ」ってやつ。大人が用意した「問い」じゃない。こちら側の興味に基づいた授業。ほんの少しだけ、ソウルを揺さぶったような気がした。 授業後生徒にアンケートとった。声がこもるとか板書が汚いとかってのは模擬授業の時から指摘されてたことだった。漢字の間違いは痛かった。なめられたかも。何もかも、もう少し落ち着いて余裕があれば対処できたかもしれなかった。用意した台本も、板書計画ノートも、授業後半は全く役に立たなかった。よく終わりまで辿り着いたと思う。まあ酷い出来だった。でも、清々しかった。自分らしく作り上げた授業をとりあえずはやり遂げられたことがうれしかった。無難にこなすだけじゃない、ソウルある授業を目指して、ぶつかれたことがうれしかった。 授業する教師とは、脚本と演出と役者を全てこなすようなものだ。やっぱり芸術家なのだ。表現家なのだ。創造と表現を喜びに変えることのできる人はきっと教師に向いている。ただ、自由じゃないだけ。統制下の芸術表現ではあるが。 それから言葉遣いは気をつけようと思った。「やばい」「むっちゃ」とかガンガン使っちゃった。軍事5大国のことを「こいつらは〜」とか言っちゃったし。 アメリカの授業終わった後、女の子が教壇まできて、「私の好きなボルチモアが地図に無いです、キレそうです」とか言われた。ボルチモアは州ではないから無くて当然なんだけど。「イチロー嫌いなんです」とかも言ってた。僕を怒らせたいのかこの子は?と思ったけど、なんだかこういう子は一人はいるもんだと思うから笑顔で対応した。実習生とはいえ、教師につっかかかってくるなんて、ソウルの素質があるもんな。
ものすごい疲れで爆睡してしまった。土日はさんで、授業の日々が幕を開ける。ここからが勝負だ。2日目終了。まだまだこれから!
4限、何とか授業にこぎつけた。一番恐かったのは時間内に内容が終わらないことだったけど、なんとかなった。汗だくだく。ガクガク。相変わらず教室は騒がしかったけど、皆ついてきてくれた。少し感じた。手応えってやつ。「へ〜」って程度でいい。「面白さ」ってやつ。大人が用意した「問い」じゃない。こちら側の興味に基づいた授業。ほんの少しだけ、ソウルを揺さぶったような気がした。 授業後生徒にアンケートとった。声がこもるとか板書が汚いとかってのは模擬授業の時から指摘されてたことだった。漢字の間違いは痛かった。なめられたかも。何もかも、もう少し落ち着いて余裕があれば対処できたかもしれなかった。用意した台本も、板書計画ノートも、授業後半は全く役に立たなかった。よく終わりまで辿り着いたと思う。まあ酷い出来だった。でも、清々しかった。自分らしく作り上げた授業をとりあえずはやり遂げられたことがうれしかった。無難にこなすだけじゃない、ソウルある授業を目指して、ぶつかれたことがうれしかった。 授業する教師とは、脚本と演出と役者を全てこなすようなものだ。やっぱり芸術家なのだ。表現家なのだ。創造と表現を喜びに変えることのできる人はきっと教師に向いている。ただ、自由じゃないだけ。統制下の芸術表現ではあるが。 それから言葉遣いは気をつけようと思った。「やばい」「むっちゃ」とかガンガン使っちゃった。軍事5大国のことを「こいつらは〜」とか言っちゃったし。 アメリカの授業終わった後、女の子が教壇まできて、「私の好きなボルチモアが地図に無いです、キレそうです」とか言われた。ボルチモアは州ではないから無くて当然なんだけど。「イチロー嫌いなんです」とかも言ってた。僕を怒らせたいのかこの子は?と思ったけど、なんだかこういう子は一人はいるもんだと思うから笑顔で対応した。実習生とはいえ、教師につっかかかってくるなんて、ソウルの素質があるもんな。
ものすごい疲れで爆睡してしまった。土日はさんで、授業の日々が幕を開ける。ここからが勝負だ。2日目終了。まだまだこれから!
takebono母校に帰る
2005年5月26日教育実習が始まった。まず朝、職員室で挨拶。視線が痛い。僕の高校生の頃の噂はどれくらい飛び交っているのだろう。何事もなければ、というような顔や、睨みつけるような視線もあった。クソッ…。でも仕方ないよ。過去は変えられない。積み上げるしかない。納得させるくらいの誠実な取り組みを、ソウルで見せつけてやるしかない。M先生の言ってた通りのベターな挨拶で決めることが出来た。その後、担当教官の先生の授業を見学させてもらった。テスト返却だから授業開始30分頃来てと言われて行って、教室は騒がしかった。私語私語私語の嵐。ちゃんと真面目に静かにしてる生徒もいるけれど、後ろ向いちゃってる生徒もいた。こいつら、きっちり高校生してやがるなと思った。生徒の前で紹介してもらったときは緊張してうまく話せなかった。でもよく見ればホント幼い顔が並んでいて、何か実感が沸いた。こいつらのソウルにどれだけ響かせることが出来るのかなと。
4限はアセンブリーとかいう全体集会のようなもので、避難訓練の雑用を手伝わされた。教頭は教師使いが荒い。しかし、暑い中でよく高校生どもは我慢してこんなことやってやがるなと思った。一斉蜂起しろよ、と思った。ダラダラしながら、文句言いながら、ちゃんと参加してやがるんだ。クソ暑い中で、部活の表彰とか、生徒会役員選挙とか行われてて、早く終われよと思った。でも、数年前僕もあの中にいたのだ。その実感、感覚を、だんだん僕は忘れかけている。そのことに気付く。子どもの感覚、あの感覚、あの世界観、もう取り戻すことは叶わないのだ。大人は子どもを忘れてゆく。言い切れる。絶対忘れてゆく。それでも語りかけることは出来るし、響かなかったとしても共存は出来る。叶わぬエゴに、「子どもが見えなくなった」なんて嘆きは愚かだ。必死に思い出そうとしたけど思い出せなかった。でもそれはきっとそれでいいのだ。
担当教官の手違いもあって、早くも明日から授業実習をすることになった。まじかよって。50分の通しは模擬授業でもやったことがないから焦った。果たして僕のソウルは高校生どもに通用するのか。早くも審判が下されるようで、余裕がなかった。やばいやばいやばい。びびることにびびっても、仕方ないんだけど、びびるしか出来なかった。
明日、早くも教壇が待ちかまえている。僕は50分間の授業をする。何が出来るのか。何が出来ないのだろうか。チョークを持つ手は震えるだろうか。いろんなことを考えて、クタクタの一日が終わった。栄光はまだ始まったばかりだ。
4限はアセンブリーとかいう全体集会のようなもので、避難訓練の雑用を手伝わされた。教頭は教師使いが荒い。しかし、暑い中でよく高校生どもは我慢してこんなことやってやがるなと思った。一斉蜂起しろよ、と思った。ダラダラしながら、文句言いながら、ちゃんと参加してやがるんだ。クソ暑い中で、部活の表彰とか、生徒会役員選挙とか行われてて、早く終われよと思った。でも、数年前僕もあの中にいたのだ。その実感、感覚を、だんだん僕は忘れかけている。そのことに気付く。子どもの感覚、あの感覚、あの世界観、もう取り戻すことは叶わないのだ。大人は子どもを忘れてゆく。言い切れる。絶対忘れてゆく。それでも語りかけることは出来るし、響かなかったとしても共存は出来る。叶わぬエゴに、「子どもが見えなくなった」なんて嘆きは愚かだ。必死に思い出そうとしたけど思い出せなかった。でもそれはきっとそれでいいのだ。
担当教官の手違いもあって、早くも明日から授業実習をすることになった。まじかよって。50分の通しは模擬授業でもやったことがないから焦った。果たして僕のソウルは高校生どもに通用するのか。早くも審判が下されるようで、余裕がなかった。やばいやばいやばい。びびることにびびっても、仕方ないんだけど、びびるしか出来なかった。
明日、早くも教壇が待ちかまえている。僕は50分間の授業をする。何が出来るのか。何が出来ないのだろうか。チョークを持つ手は震えるだろうか。いろんなことを考えて、クタクタの一日が終わった。栄光はまだ始まったばかりだ。
さあ!
2005年5月25日いよいよ明日から待ち望んだ教育実習が始まる!
今日は実習クラスで模擬授業やった。出来は50点くらいだった。あんなに修正してもうまくいかないもんなんだな。教材研究が足りない。模擬授業が足りない。結局現場で戸惑うために、不充分にさせられちゃったのかもしれない。もっと時間があったら、っても、それでも、後悔こそが背中を押す。頑張ろう。頑張ろう。 戸惑いながらもEつぃんも模擬授業頑張ってやがった。IDさんと昼御飯食べながら実習についてずっと話をした。Dさんと、お互いがんばろうぜって、拳を重ねた。激励の言葉をくれないか、と言ったら、Aはゲラゲラ笑ってた。全く人の気もしらねえでよお。でも、いつも通りでホッとした。超いい加減に、FTが、がんばっれえ〜って手を振った。SSが、激励のダンスを、とかわけわかんねえこと言ってた。やっぱネタにされたみたいだな。まあ、連中らしくて、それはそれでうれしかった。S氏が模擬授業付き合ってくれた。とても役に立った。ホントいつもありがとうS氏。
あの頃、教師を憎み続け、大人を軽蔑し続けた少年が、いまは自らが教師として教壇に立とうとしている。運命とは不思議なものだ。待ち受けるものは希望か絶望か。二度と戻ることはないと思っていた母校に、僕は明日、凱旋する。本当に不思議なもんだ。 精一杯のソウルを込めて向かおう。多くのものが、このときのためにあったんじゃないかって。僕が求め続けたものの一つが、ゴールとして、いま現れてるのだと思う。終わった後のことは今は考えない。さあこい教育!
今日は実習クラスで模擬授業やった。出来は50点くらいだった。あんなに修正してもうまくいかないもんなんだな。教材研究が足りない。模擬授業が足りない。結局現場で戸惑うために、不充分にさせられちゃったのかもしれない。もっと時間があったら、っても、それでも、後悔こそが背中を押す。頑張ろう。頑張ろう。 戸惑いながらもEつぃんも模擬授業頑張ってやがった。IDさんと昼御飯食べながら実習についてずっと話をした。Dさんと、お互いがんばろうぜって、拳を重ねた。激励の言葉をくれないか、と言ったら、Aはゲラゲラ笑ってた。全く人の気もしらねえでよお。でも、いつも通りでホッとした。超いい加減に、FTが、がんばっれえ〜って手を振った。SSが、激励のダンスを、とかわけわかんねえこと言ってた。やっぱネタにされたみたいだな。まあ、連中らしくて、それはそれでうれしかった。S氏が模擬授業付き合ってくれた。とても役に立った。ホントいつもありがとうS氏。
あの頃、教師を憎み続け、大人を軽蔑し続けた少年が、いまは自らが教師として教壇に立とうとしている。運命とは不思議なものだ。待ち受けるものは希望か絶望か。二度と戻ることはないと思っていた母校に、僕は明日、凱旋する。本当に不思議なもんだ。 精一杯のソウルを込めて向かおう。多くのものが、このときのためにあったんじゃないかって。僕が求め続けたものの一つが、ゴールとして、いま現れてるのだと思う。終わった後のことは今は考えない。さあこい教育!
創り出した道を
2005年5月24日駅で偶然久しぶりにSD君に会ったのでマックで少し話し込んだ。相変わらずだな。結局、僕がどう動こうが、動くまいが、実際予想通りって感じがした。やはり僕は運命を揺り動かしたのかな。きっと自分が歩める道ってのがどんな人にも一つくらいあって、居場所も一つくらいあって、他のものを求めようとすることがどこかいけないことのような気がして、未来を掴み損ねたりすることもあるのだけれど、それはそれでささやかに平和に時は流れてゆくのだとも思う。あの居場所に留まることも出来たし、そうすればその場所なりの幸福や平和が僕にだって訪れていたと思う。でも、歩むべきは自分の決めた方だった。いつも独立独歩だった。その中で新しく見つけたものや新しく出会った人たちは、とんでもなくすばらしいものを僕に教えてくれたし与えてくれた。孤独こそが自分を歩ませて、出会えたものたちがまた自分を歩ませた。独りぼっちの自由と、足枷のない不安は、ときとして集団への没落を防いでくれたのだ。もうあの場所には戻ることはないだろうな。
飯田橋とか水道橋とかを歩き回って足が痛くなった。
いよいよだねって母さんが言った。昨日C氏もそんなことを言っていたっけ。本当にいよいよだ。今は何も考えずに、集中して全力を尽くすだけだ。久しぶりにSJにメールした。ここんとこ話してなかったか。がんばれよって言ってくれた。その一言がやっぱ勇気づけられる。なにやってんだか僕は。でも少しだけ、自分以外の誰かの応援で、自分が勇気づけられてることがわかる。自分のためなんだけど、自分のためだけじゃなかったりするからか。人間ってやつは。僕ってやつは。
飯田橋とか水道橋とかを歩き回って足が痛くなった。
いよいよだねって母さんが言った。昨日C氏もそんなことを言っていたっけ。本当にいよいよだ。今は何も考えずに、集中して全力を尽くすだけだ。久しぶりにSJにメールした。ここんとこ話してなかったか。がんばれよって言ってくれた。その一言がやっぱ勇気づけられる。なにやってんだか僕は。でも少しだけ、自分以外の誰かの応援で、自分が勇気づけられてることがわかる。自分のためなんだけど、自分のためだけじゃなかったりするからか。人間ってやつは。僕ってやつは。
優しさに涙して
2005年5月23日C氏とDさんとKNさんとかで集まってまた模擬授業やった。自分がトップバッターでやれて、とてもありがたい機会だった。皆の感想を聞いたりして、自分の授業のイマイチな所もよく見えた。修正を重ねていこう。みんなこうして自主的に集まってすばらしい影響を与え合っている。これこそ、僕が大学生活に夢見たものではなかっただろうか。結局、素晴らしく生きれてるときは実感すらないもんなんだな。あとは明後日の実習指導クラスで1回だけ模擬授業があるだけだ。本当はもっと重ねたかった。シュミレーションだけじゃやっぱ見えてこないもんなんだな。
C氏が内定出たって。ホントおめでとう。頑張った人にだけ結果はついてくるもんなんだな。意欲こそを試されているんだな。C氏ならどこでもやっていけると僕は確信してる。何よりも全ての人に優しくできる人だ。C氏の優しさは、人を傷つけないだけの優しさじゃない。人を守ることのできる勇気ある強い優しさだ。人を幸せに、自分も幸せに、生きていける人なんだ。本当に人間的に優れてる人ってこういう人なんだろうな。C氏のような人を活かしていける社会を。活かしてくれた社会に対しまたC氏が、素晴らしく生き、素晴らしい社会貢献をしていってくれることを、ただ願わずにはいられない。C氏のことを、誰もが思いやってくれた。またC氏も、誰に対しても思いやりを持って優しく接してくれた。それが、僕はうれしかった。馴れ合う必要も無ければ、傷つけ合う必要も僕らには無かったんだ。ただ意志の下に、そこにコミュニティーが成ったこと。彼女から学んだ多くのこと。心から、伝えようと思ったこと。響いた言葉。ソウル。手を繋ぐただそのために、人はいろんなことを画策しやがるけど、僕はただ、出会えたことに感謝した。僕らは何もかも解り合えない。だけど、繋ごうとした自らの手を信じれるほどのソウルの響きが、共にこの時代を生きてゆく、何か原始的な衝動にも似た、糧になるんだ。「人間関係」が何かしら意味を持ったとしても、ソウルを感じうるソウルがあれば、きっとこれからも「出会う」のだろうと、僕は思うようになった。きっと誰かの中にある、いくつもの優しさと強さと勇気を、僕は尊敬したいのだ。これからの僕らは、奇跡を奇跡たらしめるために、時代を生きてゆくんじゃないだろうか。
C氏が内定出たって。ホントおめでとう。頑張った人にだけ結果はついてくるもんなんだな。意欲こそを試されているんだな。C氏ならどこでもやっていけると僕は確信してる。何よりも全ての人に優しくできる人だ。C氏の優しさは、人を傷つけないだけの優しさじゃない。人を守ることのできる勇気ある強い優しさだ。人を幸せに、自分も幸せに、生きていける人なんだ。本当に人間的に優れてる人ってこういう人なんだろうな。C氏のような人を活かしていける社会を。活かしてくれた社会に対しまたC氏が、素晴らしく生き、素晴らしい社会貢献をしていってくれることを、ただ願わずにはいられない。C氏のことを、誰もが思いやってくれた。またC氏も、誰に対しても思いやりを持って優しく接してくれた。それが、僕はうれしかった。馴れ合う必要も無ければ、傷つけ合う必要も僕らには無かったんだ。ただ意志の下に、そこにコミュニティーが成ったこと。彼女から学んだ多くのこと。心から、伝えようと思ったこと。響いた言葉。ソウル。手を繋ぐただそのために、人はいろんなことを画策しやがるけど、僕はただ、出会えたことに感謝した。僕らは何もかも解り合えない。だけど、繋ごうとした自らの手を信じれるほどのソウルの響きが、共にこの時代を生きてゆく、何か原始的な衝動にも似た、糧になるんだ。「人間関係」が何かしら意味を持ったとしても、ソウルを感じうるソウルがあれば、きっとこれからも「出会う」のだろうと、僕は思うようになった。きっと誰かの中にある、いくつもの優しさと強さと勇気を、僕は尊敬したいのだ。これからの僕らは、奇跡を奇跡たらしめるために、時代を生きてゆくんじゃないだろうか。
迫りくるもの
2005年5月22日時間がない時間が。いつもこうだなあ。自分のせいなのに、時間のせいにして。でも緊張感は出てきた。このまま、突っ走れればな。がんばるぞマジで。 一つの大きなイベントが迫ってるとき、他のことが手につかない。そのくせ、迫ってるものにもなかなか集中が出来なくて、悪癖。終わった後のことを考えてる余裕も無いくせに。子どもが自分の老後のこと心配してるみたいで。いま、今を全力で突っ走ることに集中しなければ。
授業は結局、「アメリカ」になった。社会学部の僕としてはおいしい所だ。だがまず1時間目は「国」「民族」のイントロのようなものを入れなければならない。そこから始まる一刻の例としてのアメリカ。
しかしまだイメージできない。どんな日々が待ってるのやら。社会科の僕と、二松学舎の女の子が国語科で一人いて、今年の実習生は2人だ。大体大学進学率が低いのだから、毎年実習生は数人だろうと思うけど、これからは増えるかも。なんつったて、母校のレベルは上がっているのだから。ゼミの先生が、「底辺校」のことを、「進路多様校」と皮肉を込めて言い直してたけど、我が母校はそういったものを脱して、本物の「中堅校」へなりつつあるのかもしれない。 どこか卑下してた母校のレベルが上がったことで、もっと自覚を持たなければと思う。実際の教員の職務遂行レベルも、こういった感じなのかな。やり甲斐っつうか。
時間がない時間が。
朝青龍全勝優勝での4連覇、おめでとう!相変わらず他の力士が追えない強さ。強い横綱って最高!他の力士を叱咤激励するのも、あの無敵の横綱がいるからこそ。今場所も大相撲は僕を熱くさせてくれた。
授業は結局、「アメリカ」になった。社会学部の僕としてはおいしい所だ。だがまず1時間目は「国」「民族」のイントロのようなものを入れなければならない。そこから始まる一刻の例としてのアメリカ。
しかしまだイメージできない。どんな日々が待ってるのやら。社会科の僕と、二松学舎の女の子が国語科で一人いて、今年の実習生は2人だ。大体大学進学率が低いのだから、毎年実習生は数人だろうと思うけど、これからは増えるかも。なんつったて、母校のレベルは上がっているのだから。ゼミの先生が、「底辺校」のことを、「進路多様校」と皮肉を込めて言い直してたけど、我が母校はそういったものを脱して、本物の「中堅校」へなりつつあるのかもしれない。 どこか卑下してた母校のレベルが上がったことで、もっと自覚を持たなければと思う。実際の教員の職務遂行レベルも、こういった感じなのかな。やり甲斐っつうか。
時間がない時間が。
朝青龍全勝優勝での4連覇、おめでとう!相変わらず他の力士が追えない強さ。強い横綱って最高!他の力士を叱咤激励するのも、あの無敵の横綱がいるからこそ。今場所も大相撲は僕を熱くさせてくれた。
三ツ沢球技場の爽やかな風
2005年5月21日STさんが余ったチケットくれたので、三ツ沢にJ2観に行った。ホームの横浜FC対アビスパ福岡。横浜FCにはあの城彰二がいたりして、なかなか楽しめた。キックオフ前のスタジアムの雰囲気が僕は好きだ。絶好のサッカー日和に、ビール飲みながら、ジャガイモの揚げた奴を食いながら、好プレーに拍手し、凡プレーに苦笑いした。Jリーグってやっぱすてき。親子連れとかが多いし、とても雰囲気がいい。僕の前の席に白人の親子が座ってた。横浜FCのシルビオの懸命なプレーに二人して拍手していた。その前に座っていた日本人親子はとても仲良しで、お父さんも子どもも終始ニコニコしていた。僕の隣には帽子深くかぶった綺麗なお姉さんが座ってた。はぁこんなにお美しいお姉さん一人でサッカー観戦かあ。試合中盤で帽子をとったお姉さんの黒髪が風になびいて、熱い日差しに眩しそうに髪かき上げる仕草がドラマのワンシーンみたいだった。前の席の白人パパが水筒のホットミルクティーを美味そうにすすり上げたとき、アビスパの先制ゴールが決まる。「あ〜」周囲、溜め息。そんなとき、「まだまだこれからよ〜!がんばれ〜!」少し離れた席の白髪交じりのムツゴロウさんによく似たおっちゃんが叫んだ。うっわ最高。おっちゃんサッカー好きなんだなあ。横浜FCがんばれがんばれ。 アビスパ選手がハンドの反則。「バレーボールやってんじゃねーぞー!」 アビスパの右ウイング・U20日本代表中村ホクトがファウルの反則。「ホクトー!ブラジルで覚えてきたのはそんな汚えサッカーかー!」 おっちゃんはその後も声枯らして応援。「城ー!がんばれー!」「うっちー!(内田)頼んだぞー!」「シンギー!(小野信義)ケガ早く治せよー!」「いけー!オオトモー!」うっわ、おっちゃん横浜FC大好きなんだなあ。 1−0で終わるかと思われた終盤に、横浜FCの同点ゴールが決まる!全員総立ち!歓喜!サッカーのこの瞬間て、いっつもたまらねえ最高。絶対的に喜びの中に身を置ける快感。「やった〜!」おっちゃんも絶叫。外人親子も立ち上がって拍手。日本人親子はハイタッチ。隣のお姉さんも立ち上がって拍手してた。いや〜よかったよかった。結局1−1のドローで終了。 アビスパファンのSTさんに言わせれば、「ありえない」試合だったそうだけど、僕は満足でした。J2も結構楽しいな。でもサッカーはやっぱいいな。ハイキング気分で楽しめる。
その後横浜うろついてから帰った。授業計画やらねえといけねえのに、こんなことしてる場合じゃないんだよな。でもでも、楽しかった。STさんありがとう。
その後横浜うろついてから帰った。授業計画やらねえといけねえのに、こんなことしてる場合じゃないんだよな。でもでも、楽しかった。STさんありがとう。
保守回帰校へ赴く
2005年5月20日事前指導ということで実習校に行った。時間ギリギリでやばかった。油断したわけではなかったのに遅れるなんてバカだったな。 副校長(近年、教頭とは呼ばれなくなったらしい)のお話を聞いて、母校がここ数年でレベルを上げてきたことがわかった。僕の頃は受ければ誰でも入れそうな学校だったが、いまはガンガン倍率が上がってるらしい。特に推薦は倍率がすごく高く、ここ数年とりわけ女子の倍率は異常とも言えるほどに跳ね上がっている。ここのところの一連の「教育改革」のおかげで、都立高校も今や生き残り競争に晒されているのだ。全体的に、柔軟性や特色を出したカリキュラム…魅力ある施設設備…校則・制服廃止・生徒の個性尊重etc…、そういった華やかなもので少子化時代の生徒獲得競争に生き残りをかける高校が多い中で、我が母校は「保守回帰」という、全体から見れば逆路線にその道を求めた。「茶髪禁止」「制服完全着用」「遅刻ゼロ(…を目指す)」等々だ。 数年前はどれもが普通だったのにな。僕は制服をちゃんと着ていなかったし、茶髪の時もあったし、遅刻常習犯だった。我が母校もクズには生きづらくなったもんだな。特に女のお子さんを持つ親御さん方には、「まじめ」な指導をしてくれる学校がニーズなのだろうな。クズ高校生を想定していた授業計画も見直さなきゃならないのかな。んなことないか。しかし教師って大変だ。よくやってられるよな。情熱なのだろうな。そいつはどこからくるのだろう。どこで燃え尽きるのだろう。冷めるのだろう。僕は本当はソウルの一部に「教育」を利用してるだけなのかもしれない。 まあとりあえず授業崩壊の不安は去ったので、よかった。思い切りやろう。授業計画ケチをつけられまくった。やり方わかんねえからしょうがねえだろっつの。まあでも出来に納得してなかったから、その通りだなと思った。完成度を上げてゆけばいい、一つ一つ。
帰ってからNちゃんが遊びに来たけどバイトあったからあまり話せなかった。これからはもっと忙しくなる。来るべくして来た時代に対して、恐れすら勿体ないと思う。最大限の尊敬を持って、僕はこの時を迎え撃つ。ずっと待っていた。
帰ってからNちゃんが遊びに来たけどバイトあったからあまり話せなかった。これからはもっと忙しくなる。来るべくして来た時代に対して、恐れすら勿体ないと思う。最大限の尊敬を持って、僕はこの時を迎え撃つ。ずっと待っていた。
命の味覚
2005年5月19日授業計画ができてきた感じ。これでいくぞ。これで勝負だ。正しいのか悪いのか、これが面白いのか面白くねえのか、果たして底辺高校生どもが聞いてくれるのか、何も分からないけど、勝負だ。
木曜日って誰も学校来てないのかなあ。いつも誰も見かけない。しかたないからたまたま一緒にいたOTと、キャンパスの裏にあるわけわかんねえカフェレストランみたいなとこでさほどうまくない割高の肉料理を食べた。他愛のない話しても特に面白いわけでもなく、別に嫌いなわけじゃないけど、まあ、普通の学生同士ってこんなもんなんだろな。
欲望が満たされない。皆が食って満腹する特上肉を、僕は吐いてる感じがする。皆が食べる珍味を、僕はジャムかなんかと一緒にパンにぬったくって、ホットミルクコーヒーと一緒に胃袋に流し込んでる感じがする。 いつからだ。意地を張り続けていたのかもしんないけど、今はもう過程すらわかんない。ただ、おいしくない。皆の食うものがおいしくない。そういや僕はずっと給食ってやつが大嫌いだったっけ。あれほど美味しい料理はなかったというのにな。つくづくクズだな。太宰みたいに、物心つくときからかもしんない。でもそのおかげで、今が一番生きてて楽しい。おいしすぎる。自分を生きるっておいしすぎる。誰も見たことのない夢を見果てたい。とりわけ今年いっぱいはおいしそうだ。そしてもう目前に、迫ってきた実習が、胸を高鳴らせて、心躍らせる。期待と不安。うわ生きてるわ僕は。うれしいぜ。生きた心地がする。血が通って、巡って、生きてる生きてる。すてきだわ。
木曜日って誰も学校来てないのかなあ。いつも誰も見かけない。しかたないからたまたま一緒にいたOTと、キャンパスの裏にあるわけわかんねえカフェレストランみたいなとこでさほどうまくない割高の肉料理を食べた。他愛のない話しても特に面白いわけでもなく、別に嫌いなわけじゃないけど、まあ、普通の学生同士ってこんなもんなんだろな。
欲望が満たされない。皆が食って満腹する特上肉を、僕は吐いてる感じがする。皆が食べる珍味を、僕はジャムかなんかと一緒にパンにぬったくって、ホットミルクコーヒーと一緒に胃袋に流し込んでる感じがする。 いつからだ。意地を張り続けていたのかもしんないけど、今はもう過程すらわかんない。ただ、おいしくない。皆の食うものがおいしくない。そういや僕はずっと給食ってやつが大嫌いだったっけ。あれほど美味しい料理はなかったというのにな。つくづくクズだな。太宰みたいに、物心つくときからかもしんない。でもそのおかげで、今が一番生きてて楽しい。おいしすぎる。自分を生きるっておいしすぎる。誰も見たことのない夢を見果てたい。とりわけ今年いっぱいはおいしそうだ。そしてもう目前に、迫ってきた実習が、胸を高鳴らせて、心躍らせる。期待と不安。うわ生きてるわ僕は。うれしいぜ。生きた心地がする。血が通って、巡って、生きてる生きてる。すてきだわ。
Say hello to teacher "KINPACHI"(6)
2005年5月18日少しずつ少しずつ進む。焦る焦る。
今日は学校行って教育実習クラスでまた他の人の模擬授業見た。なんだかみんな進学校なのかな。みんなみんな授業がマジメだ。50分間黙って聞いてくれることを前提に成り立ってるみたい。僕の考える授業とは違う感じだ。僕の教育実習は、まず授業をちゃんと聞いてくれるのかなという不安から始まってるからな。
教科書の「問い」ってほとんど「大人」側だ。社会の仕組みがどうだろうと知ったこっちゃない。「みんなで考えてみよう〜」って、バカかって思う。リアルじゃない。環境問題。政治問題。都市問題。戦争。貧困。全部リアルがない。教師の喋ってることは頑張れば理解できた。だからテストも高得点取れたこともあった。でも、物事の仕組みなんて何一つ分かっちゃいなかった。僕は。環境問題って何のことなのか。環境破壊が何を意味するのか。戦争というものが何を意味するのか。何もかもが遠い国で起きた「関係無い」ストーリーでしかなかった。はいっはいっ環境問題が起きてるんですよ戦争が貧困がそして日本社会が大変なんですよみんなで考えていかなければならない問題なのですよ、その通りだなあチャンチャン♪…みたいな、バカげた。じゃあお前らは必死こいて考えてんのかよ教師どもは。こんな腐った世界を押しつけて、次世代に罪悪感もなく、なんか、綺麗事すぎるんだよ。ずっと思ってた。僕らは「問い」すら自由じゃないのかなって。 嘘ばっかつきやがる。末端公務員のくせして、もう失えなくなってやがる。本当は、世界がどうなろうが知ったこっちゃないのは、お前ら「大人」たちなんだろうが。
全てを与えられ、何も獲得しなかった僕ら。何者にもなれない僕が社会を担っていく?冗談だろ?先生は、学校教育は、僕に何を教えたかったのだろう。自分らしく生きていくのが不安で仕方なかった。
実習が近づくにつれ、よい授業を作ろうとすればするほど、生徒の視点に立とうとすればするほど、あの頃の強烈な「大人」不信がよみがえってくる。何もかもを嘘だと思ったあの頃の思いに、他ならぬ自分自身が抱いていたあの思いに、答えを出すときがきたんだな。
いま脳死社会に正面から立ち向かうとすれば、教育しかない。僕の「問い」に決着をつけるのもまた教育しかない。僕の中でそれだけは、きっと正しいはずだよね金八っつあん。
学校から帰ったらNちゃんがきてくれて色々教材研究のアドバイスしてくれた。学問的な話ではなかったけどとても参考になった。そしてうれしかった。久しぶりに色々話した。たとえニートでも、親友だなやっぱ。親友がいつかゆっくり歩き始めるとき、そばにいなくとも見守ってやりたい。賢明な「大人」は、僕にNちゃんを「切れ」と言うだろうか。優しすぎる彼が、競争社会でサバイバルすることを望むのだろうか。 テストの高得点なんていう貧相な欲望でしか前進できない者は、いつか破綻する。生きるということは、意欲そのものなのだ。そう、それがソウルなんだ。心に残る授業をすることなのだとNちゃんは言った。その言葉絶対忘れない。
今日は学校行って教育実習クラスでまた他の人の模擬授業見た。なんだかみんな進学校なのかな。みんなみんな授業がマジメだ。50分間黙って聞いてくれることを前提に成り立ってるみたい。僕の考える授業とは違う感じだ。僕の教育実習は、まず授業をちゃんと聞いてくれるのかなという不安から始まってるからな。
教科書の「問い」ってほとんど「大人」側だ。社会の仕組みがどうだろうと知ったこっちゃない。「みんなで考えてみよう〜」って、バカかって思う。リアルじゃない。環境問題。政治問題。都市問題。戦争。貧困。全部リアルがない。教師の喋ってることは頑張れば理解できた。だからテストも高得点取れたこともあった。でも、物事の仕組みなんて何一つ分かっちゃいなかった。僕は。環境問題って何のことなのか。環境破壊が何を意味するのか。戦争というものが何を意味するのか。何もかもが遠い国で起きた「関係無い」ストーリーでしかなかった。はいっはいっ環境問題が起きてるんですよ戦争が貧困がそして日本社会が大変なんですよみんなで考えていかなければならない問題なのですよ、その通りだなあチャンチャン♪…みたいな、バカげた。じゃあお前らは必死こいて考えてんのかよ教師どもは。こんな腐った世界を押しつけて、次世代に罪悪感もなく、なんか、綺麗事すぎるんだよ。ずっと思ってた。僕らは「問い」すら自由じゃないのかなって。 嘘ばっかつきやがる。末端公務員のくせして、もう失えなくなってやがる。本当は、世界がどうなろうが知ったこっちゃないのは、お前ら「大人」たちなんだろうが。
全てを与えられ、何も獲得しなかった僕ら。何者にもなれない僕が社会を担っていく?冗談だろ?先生は、学校教育は、僕に何を教えたかったのだろう。自分らしく生きていくのが不安で仕方なかった。
実習が近づくにつれ、よい授業を作ろうとすればするほど、生徒の視点に立とうとすればするほど、あの頃の強烈な「大人」不信がよみがえってくる。何もかもを嘘だと思ったあの頃の思いに、他ならぬ自分自身が抱いていたあの思いに、答えを出すときがきたんだな。
いま脳死社会に正面から立ち向かうとすれば、教育しかない。僕の「問い」に決着をつけるのもまた教育しかない。僕の中でそれだけは、きっと正しいはずだよね金八っつあん。
学校から帰ったらNちゃんがきてくれて色々教材研究のアドバイスしてくれた。学問的な話ではなかったけどとても参考になった。そしてうれしかった。久しぶりに色々話した。たとえニートでも、親友だなやっぱ。親友がいつかゆっくり歩き始めるとき、そばにいなくとも見守ってやりたい。賢明な「大人」は、僕にNちゃんを「切れ」と言うだろうか。優しすぎる彼が、競争社会でサバイバルすることを望むのだろうか。 テストの高得点なんていう貧相な欲望でしか前進できない者は、いつか破綻する。生きるということは、意欲そのものなのだ。そう、それがソウルなんだ。心に残る授業をすることなのだとNちゃんは言った。その言葉絶対忘れない。
21世紀青年
2005年5月17日教材研究が少し進んだ。文献でどんどん知識を詰め込んでゆく。勉強ってすごいな。知らなかったことを知ってゆくこの感覚。大学4年にもなっていまだ色褪せないこの感覚。うわっ…て思う。こないだ学んだことを思い出せないけど、昨日知らなかったことを今日は知っている。受験勉強とはその質からして違うこの感覚。勉強ってすげえ。やっぱり、生き方が見えてきたのかなあ。
今日はNちゃんに授業案見てもらおうと思ったけど、あまりいいアドバイスは聞けなかった。少しガッカリ。僕が焦ってるってのもあるかもしんない。でも、わざわざうち来てくれてうれしかった。相変わらずルーズな遅刻魔だけど、来てくれただけでうれしかった。
今日は結局1日勉強してたな。眠い眠い。
でも高校生ってどれくらい物事をとらえてるんだろ。少なくとも僕が高校生の頃は世界の何一つもわからなかったけどな。指導書にも、「〜〜が影響を及ぼしている」とか「〜〜はこのように重要な役割を担っている」とか書かれてるけど、意味わかんねっつうの。普通にこのマニュアル通りに板書授業してたら、絶対ピンとこないだろうなって思う。きっとつまんないんだろうな、教室。 もっと、現実だ。リアル。現実の残酷さを僕は知りたかった。嘘ついてんじゃねえよって思う。年金がもらえるのかどうかとか慌ててっけど、10年後地球あるのかよって、ずっと僕は思ってた。嘘ばっかだ。保身と。現実から逃げてるのはお前らじゃないか教師ども。真剣に人生を考えてないのはお前らじゃないか。僕はずっと考えてきたぞ僕なりに。生きるってことを。 ずっとリストラに脅えてろ。テポドンに脅えてろ。校長裁量に脅えて、学級崩壊に脅えてろ。「よい子」に脅えてろ。列車事故にびびってろ。お前ら何もできないだろうが。大嫌いだクソ大人。 バブル世代の僕らには、生きる意味が必要なんだ。まやかしでは生きられないことに気付いてしまったんだ。 焦るな落ち着け自分。
今日はNちゃんに授業案見てもらおうと思ったけど、あまりいいアドバイスは聞けなかった。少しガッカリ。僕が焦ってるってのもあるかもしんない。でも、わざわざうち来てくれてうれしかった。相変わらずルーズな遅刻魔だけど、来てくれただけでうれしかった。
今日は結局1日勉強してたな。眠い眠い。
でも高校生ってどれくらい物事をとらえてるんだろ。少なくとも僕が高校生の頃は世界の何一つもわからなかったけどな。指導書にも、「〜〜が影響を及ぼしている」とか「〜〜はこのように重要な役割を担っている」とか書かれてるけど、意味わかんねっつうの。普通にこのマニュアル通りに板書授業してたら、絶対ピンとこないだろうなって思う。きっとつまんないんだろうな、教室。 もっと、現実だ。リアル。現実の残酷さを僕は知りたかった。嘘ついてんじゃねえよって思う。年金がもらえるのかどうかとか慌ててっけど、10年後地球あるのかよって、ずっと僕は思ってた。嘘ばっかだ。保身と。現実から逃げてるのはお前らじゃないか教師ども。真剣に人生を考えてないのはお前らじゃないか。僕はずっと考えてきたぞ僕なりに。生きるってことを。 ずっとリストラに脅えてろ。テポドンに脅えてろ。校長裁量に脅えて、学級崩壊に脅えてろ。「よい子」に脅えてろ。列車事故にびびってろ。お前ら何もできないだろうが。大嫌いだクソ大人。 バブル世代の僕らには、生きる意味が必要なんだ。まやかしでは生きられないことに気付いてしまったんだ。 焦るな落ち着け自分。
握りしめた拳
2005年5月16日コツコツコツコツ進む進む。一歩一歩だ、歩みは遅くとも。
今日は1コマだけ授業出て、あとはずっと教材研究してた。もう授業なんか出てるのもバカらしい。S氏に授業計画相談してもらっちった。すごいいいアドバイスもらったりしてとてもよかった。S氏マジいい奴。友達であることを誇りに思う。
明日はNちゃんに授業案見てもらう。ずっとそんなこと思ってなかったけど、僕は意外と友達が多いのかも。頼らなくとも、共に立つ仲間がいるんだな。
握りしめた拳は拳でしかなかった。自分や誰かを傷つけうる拳でしかなかったけど、その手に握りしめたものもまた、自分が信じた全てだったのだ。手のひらを開くことは僕にとって必ずしも解放ではなく、人のぬくもりに癒されながらも、僕は握りしめた拳こそが僕なのだと信じていた。手を繋ぐとき、そっと手のひらを開くとき、握りしめてた熱いものが、こぼれていってしまうようで、右手と左手を見比べたりした。誰かの手を強く握りしめることは、僕の希望でもある。
「同じ気持ちで爆発しそうな仲間ときっと会うだろう。同じ涙を堪えきれぬ友達を、同じ拳を握りしめて立つ人を、僕は見るだろう。そのときお前には何が出来るだろう。右手と左手で何が出来るだろう。命のある限り忘れてはいけない。今しか僕にしかできないことがある」(by B・H)
とにかくこの一ヶ月間、全力を尽くすしかない。いろんなもののためにも、多くの人のためにも、そして何よりも自分自身のために。奇跡を無駄にはしない。僕は運命に対し、申し訳なくは生きれないのだろう。
今日は1コマだけ授業出て、あとはずっと教材研究してた。もう授業なんか出てるのもバカらしい。S氏に授業計画相談してもらっちった。すごいいいアドバイスもらったりしてとてもよかった。S氏マジいい奴。友達であることを誇りに思う。
明日はNちゃんに授業案見てもらう。ずっとそんなこと思ってなかったけど、僕は意外と友達が多いのかも。頼らなくとも、共に立つ仲間がいるんだな。
握りしめた拳は拳でしかなかった。自分や誰かを傷つけうる拳でしかなかったけど、その手に握りしめたものもまた、自分が信じた全てだったのだ。手のひらを開くことは僕にとって必ずしも解放ではなく、人のぬくもりに癒されながらも、僕は握りしめた拳こそが僕なのだと信じていた。手を繋ぐとき、そっと手のひらを開くとき、握りしめてた熱いものが、こぼれていってしまうようで、右手と左手を見比べたりした。誰かの手を強く握りしめることは、僕の希望でもある。
「同じ気持ちで爆発しそうな仲間ときっと会うだろう。同じ涙を堪えきれぬ友達を、同じ拳を握りしめて立つ人を、僕は見るだろう。そのときお前には何が出来るだろう。右手と左手で何が出来るだろう。命のある限り忘れてはいけない。今しか僕にしかできないことがある」(by B・H)
とにかくこの一ヶ月間、全力を尽くすしかない。いろんなもののためにも、多くの人のためにも、そして何よりも自分自身のために。奇跡を無駄にはしない。僕は運命に対し、申し訳なくは生きれないのだろう。
Say hello to teacher "KINPACHI"(5)
2005年5月15日今日は図書館行って文献集めたり読んだり、教材研究に取り組んだ。なかなか進まないけど、だいぶ材料は揃ってきた。あとはシュミレーションを重ねたいところだな。
あの頃…高校生の僕が、知りたかったこと。知りたくなかったこと。そうゆうのみんなみんな授業で詰め込んでやろうと思う。わかる喜びとは、知ってしまう苦しみでもある。だけど人は知ることで生きることができる。強くも、愚かにもなれたりする。公教育の求心力は今や衰退し、教師の権威も、学習の価値ももう前世紀のようにはいかなくなってるけど、結局基本は、「知ること」の、自分にとっての意義を感じさせることなんじゃないかと最近思う。
例えば、「なんのために勉強するの?」という現代の子ども達の問いに対して、公教育は答えを出すことができるのだろうか。歴史や公民や数学が何の役に立つのかって?それは市場経済社会においては確かに無価値だろうよ。機械の修理方法や、接客の仕方、契約の取り方、ニーズ商品の企画力、マネー経済の知識とかの方がよっぽど「役に立つ勉強」なのだろうよ。だから、「なんのために勉強するの?」っていう問い自体、ある価値観枠組みの下でしかないのではないか。生きてることと同じで、本当はその問いに正しい答えなんか無いのだ。それぞれの意味を確立していくためにこそ、勉強するんだと僕は思う。既に「役に立つ」「役に立たない」で判断した勉強意義を問いてしまってる、大人びた子どもたちに対しては、「君たちの労働力に、生産力という付加価値をつけるためだよ」とハッキリ言ってしまっても、しかし子ども達はそれで納得するのだろうか。むしろ企業社会に抗っている子ども達からこそ、この種の疑問は発せられてるようにも思うのだけど…。どこか市場価値を否定しながらも飲み込まれてくのだろうけど。 「役に立つ勉強」は確かに存在する。だけどそれに憧れているのか君たちは、本当に…? 「役に立つ」ことは絶対的に素晴らしいのかい?「役に立たない」けれど、素晴らしい生き方もあるとは思わないかい?そう生きるための勉強もまた存在する。どっちが正しいわけでもない。だからこそ自らでその答えを出すこと。何をどう生き方として選ぶかなんだ。生きながらにして生き方を深く考えることができるのも、義務教育期間なのだと思うのだ。だから、公教育は公教育で在らなければならないと思う。公教育とは、子どもの思考空間の保障事業なのだと思う。 どう生きるかを自由に試行錯誤することが大いに許されている時代に、早くも価値観を自分に定めてしまうことがつまらなくないのかい?とかいっても仕方ないし、何よりも学校がつまらないのだろうけどもね。実際に思考空間が保障されてきたと言えるのかよ。これからは、教育が保障するのも、完全に労働力だけになってゆくのかもな。おしえてほしい。金八先生。教育って何ですか?
あの頃…高校生の僕が、知りたかったこと。知りたくなかったこと。そうゆうのみんなみんな授業で詰め込んでやろうと思う。わかる喜びとは、知ってしまう苦しみでもある。だけど人は知ることで生きることができる。強くも、愚かにもなれたりする。公教育の求心力は今や衰退し、教師の権威も、学習の価値ももう前世紀のようにはいかなくなってるけど、結局基本は、「知ること」の、自分にとっての意義を感じさせることなんじゃないかと最近思う。
例えば、「なんのために勉強するの?」という現代の子ども達の問いに対して、公教育は答えを出すことができるのだろうか。歴史や公民や数学が何の役に立つのかって?それは市場経済社会においては確かに無価値だろうよ。機械の修理方法や、接客の仕方、契約の取り方、ニーズ商品の企画力、マネー経済の知識とかの方がよっぽど「役に立つ勉強」なのだろうよ。だから、「なんのために勉強するの?」っていう問い自体、ある価値観枠組みの下でしかないのではないか。生きてることと同じで、本当はその問いに正しい答えなんか無いのだ。それぞれの意味を確立していくためにこそ、勉強するんだと僕は思う。既に「役に立つ」「役に立たない」で判断した勉強意義を問いてしまってる、大人びた子どもたちに対しては、「君たちの労働力に、生産力という付加価値をつけるためだよ」とハッキリ言ってしまっても、しかし子ども達はそれで納得するのだろうか。むしろ企業社会に抗っている子ども達からこそ、この種の疑問は発せられてるようにも思うのだけど…。どこか市場価値を否定しながらも飲み込まれてくのだろうけど。 「役に立つ勉強」は確かに存在する。だけどそれに憧れているのか君たちは、本当に…? 「役に立つ」ことは絶対的に素晴らしいのかい?「役に立たない」けれど、素晴らしい生き方もあるとは思わないかい?そう生きるための勉強もまた存在する。どっちが正しいわけでもない。だからこそ自らでその答えを出すこと。何をどう生き方として選ぶかなんだ。生きながらにして生き方を深く考えることができるのも、義務教育期間なのだと思うのだ。だから、公教育は公教育で在らなければならないと思う。公教育とは、子どもの思考空間の保障事業なのだと思う。 どう生きるかを自由に試行錯誤することが大いに許されている時代に、早くも価値観を自分に定めてしまうことがつまらなくないのかい?とかいっても仕方ないし、何よりも学校がつまらないのだろうけどもね。実際に思考空間が保障されてきたと言えるのかよ。これからは、教育が保障するのも、完全に労働力だけになってゆくのかもな。おしえてほしい。金八先生。教育って何ですか?
5.14東京ドーム
2005年5月14日友達と東京ドームにプロレス観に行った。新日本プロレスの結構でかいイベントだった。ふだんTVでしか観れない選手ばっかで、すげえ感動した。しかもあの武藤敬司や三沢光晴が所属団体を超えて参戦してきて、もう最高潮の盛り上がり。あの藤波の復活戦や、IWGPのタッグ戦とかジュニアタッグ戦とか、ビッグな試合満載で、プロレスというものの魅力を堪能した。何よりもメインはあの天山広吉と小島聡の因縁と執念のタイトル戦。テンコジが戦う姿はホントかっこよかった。不屈の魂を見せつけて勝利した天山には、歓喜の拍手と声援が飛んだ。敗れ去ってゆく小島にもそれは同様に、熱い声援が飛んだ。試合後に乱入してきた藤田がちっぽけに見えるほど、死力を尽くして戦い抜いた両雄は美しかった。プロレスラーってやっぱかっこいい。蝶野とか武藤とかは何やっても輝くし。プロレスってのは、やっぱプロレスでいいんだわと思った。こんなにも人を惹きつけているものが、何か、それを感じれれば、すっげぇ感動モンだと思うし。何度ももうダメだと思ったけど、天山は勝った。何よりもそれだけが超かっこよかったんだわ。
今日は楽しかったわあ。明日からまたがんばろう。不屈の猛牛のようにがんばろう。
今日は楽しかったわあ。明日からまたがんばろう。不屈の猛牛のようにがんばろう。